魔王と勇者がいるようでいない。
香夢月
第1話 始まり
──貴方と過ごせて本当に良かった。
そう呟いた彼女は優しく手を握って、二人は愛を誓い合ったのだった。
光り輝く雫が一滴、二滴。
握り合う手にこぼれ落ちていく。
──お前にはまだチャンスがある。
低くそう呟いた彼は、ある可能性に賭けてみることにしたらしい。
全ては支えてくれた人達の為。
いや、全ての人々の為に。
──だから、僕は戦う。ただそれだけのために。
「皆集まったな」
「それでは、始めよう」
緊張感が漂う神聖な空間。神殿の様な作りの建物の中に大きな円卓が一つ。
周りには玉座が円卓を取り囲む様に並んでいる。そこに座っているのは、老若男女と様々であった。
だが、円卓を綺麗に三分割するように白色、黒色、灰色と分かれている。
「今回、僕達は中立の立場を取らせてもらうよ。いいね?」
まだ灰色の服装を纏った若い男が、軽い口調で黒色マントを羽織った老爺に視線を向け全体にそう言い放った。
老爺がゆっくりと口を開く。
「そうか。ならば、手出しはしない。だが、お主らもどちらにも手を貸すでないぞ」
その鋭い視線に少し恐怖を感じる。
「分かっているよ」
「そうか」
老爺は鋭い口調で、男に向かってただ一言だけ発した。
一線の鋭い視線が老爺を刺していたことは誰も気づかなかった。
丁寧な口調で全体まとめている者──司会が、老爺の話が終わった事を確認すると、この話のまとめに入る。
「それでは、今回の形式は『代役戦』と言う形になりますが、よろしいでしょうか?」
「構わん」
「一つ質問が」
白いマントを羽織った、気の強そうで可憐な女性が、手を挙げて口を開く。
「なんですか?」
「今回は『代役戦』ということなので、布教などもありなのでしょうか?」
「どうしますか?」
全体に向かって、この議題への意見を聞く。
「ありで良いだろう」
「まぁ、そんなもん関係ねえけどな」
などと、賛成の声が上がっていく。
「賛成の意見が多いので、ありにする事にします」
「時間を取らせてすいません」
「いえいえ」
司会は全体を見渡し、他に異議がないことを確認すると、少し息を吸って、
「これで、会合を終了します。前回の取り決め通り、準備期間は三年後の今日から、十年後の今日とします。開始はその次の日となります。準備期間に入りましたら、『渡り』は禁止になりますので、ご注意ください」
「それでは」
司会がその一言を放つと、その空間は崩れ、無数のヒビが入り、割れた。
今までの空間は無かったかの様に、無に還る。
「この領域も、彼らのものなんですけどね」
小さな声でそう呟いたのが、その空間での最後だった。
夜も深まり、空に星がいくつもいくつも、集まり始めていた頃。町の中にある一軒家の中での会話であった。
暖炉の中でパチパチと炎に燃やされる木が、音を立て、炭へ、灰へと姿を変える。
木製の長椅子に座り、その上に三歳ほどの子供を膝の上に乗せている男性がいた。
その隣には、妻と思われる女性が座っている。
「いいかい? お前は周りの人に流されずに生きるんだよ?」
そうすると、子供は首を傾げて、
「流されないってどう言うこと?」
そんな素朴な質問に、女性は、
「自分の意思で動きなさいって言う意味よ」
優しく、包み込むような柔らかな声で、そう子供に教えた。
「ふーん」
子供は退屈そうに、父親の膝の上で足をぱたぱたさせている。
そんな子供を見て、父親は子供に聞いた。
「お前は何か興味があるものはあるかい?」
そうすると、子供は「うーん」と呟きながら少し考えた後、答えを出した。
「魔法とか、武器とかかな?」
「他にはないの?」
「あ、友達が欲しい」
子供は微笑んで、そう両親に向かってそう言った。
「友達か。お前も大きくなったら、沢山友達を作れるはずだ」
「そうね。色んな人と友達になって、色んな経験をしなさい」
両親共に子供に微笑み返す。
そうすると、父親の体を少し揺らす。
「ねぇねぇ、魔法ってどうやって使うの?」
子供らしい突然の話題転換。父親は子供を膝の上から下ろし、目の前に立つ。
「魔法を使いたいなら、父さんと約束しよう」
子供は急な大人の厳しい視線から、少し困惑している様子だ。
「どんな事?」
「お前が魔法を使う時は、『大切な人が傷つく時』か『お前が傷つく時』それか、『お前が思う悪に対して』だけだ」
「なんでそうじゃないといけないの?」
「むやみに魔法を使うと、関係のない人まで傷つけるかもしれないだろ? だから私はそう言うことをお前にしてほしくないんだ」
子供は少し疑問を抱いているようだったが、すぐにその表情を変え、微笑んだ。
「分かった。そうする」
「じゃあ、いつもの約束の儀式だ」
そう父親が言うと、子供と父親は手をお互いの前に出し、握手を交わした。
「よし。じゃあ今日はもう寝なさい。明日から教えてあげるよ」
「えー。明日から?」
「もう夜も深い。外は暗くて危ないからな。早く寝ないと、明日寝坊して魔法を教えられないぞ?」
「じゃあ、早く寝る」
そう言って自分の部屋へ戻っていく。
「おやすみ」
自分の部屋に戻る前に、両親に向けて立ち止まってそう言った。
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
母親は手を振って子供を見送った後、少し心配そうに父親に話しかける。
父親は顎に手を置いて少し考えた後に、
「ああ、あの子を巻き込む事だけにはしない。だけど、あの子がやりたいって言ったんだ、やらせてあげよう」
「それもそうね」
母親は納得したようで、 長椅子から立ち上がりティーカップを持ち、ポットに入った紅茶を注ぐ。
「そういえば、これからの話だけど……」
深刻そうな顔をする妻を見て沈黙が続く。紅茶を注ぐ音がよく聞こえる。
「もう、そんな時期になるのか」
二人の瞳は紫色に染まっていた。
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