アンダーレールウェイ

レインマン

第1話 砂漠の喫茶店


私は砂漠化した大地と思しき土地を歩く。そして干からびた植物を見てはため息をつく。何回目だろうか。私の目には食べ物と思しきものが全く見えない。

「おいそこの君」

左方から私を呼ぶかのような声が聞こえる。

「君だよ君!」

一瞬首を捻るが、そこに人間の気配はなかった。そもそもここは人間の領域ではない。人間がいるはずがない。いたとしても、食糧を恵んでくれるはずもないだろう。

「君も無視するか、俺が今まさに声をかけているのに。人間はいつもそうだ。僕は友好的な存在だが、人間はみんなギスギスしている」

ぐちぐちと文句を連ねるそいつの言葉を聞きかね左方に目をやると、三日月型の頭をしたそいつと目が合った。

「気持ち悪い頭」

私は一言悪口を放つ。

「おい!やっと振り向いてくれたと思ったら酷い言い様だな。まあいい、言われ慣れてる。それより嬢ちゃん、こっち来いよ。腹減ってんだろ?良い店があるぞ」

そこに建物があったであろう剥き出しの鉄骨に肘をあて、気だるそうに手のひらで頭を支えている三日月頭のそいつは、唐突に教えてきた。

「店って、あんたたち異人のお店?」

「ああ、俺の友達がやってる喫茶店だ。もしあんたが暇してるならオススメするぜ。俺ら異人が集まってるから飽きることは無いだろう」

「異人に興味はない。食べ物は?」

「もちろんあるさ!」

「連れてけ」

よしきた、と三日月頭は歩き始める。

「こっちだ、えーと…」

「名前はない。てきとうに呼んで」

そう、私には名前がない。あったかもしれないが、忘れた。

「名前もないのか。それなら人間って呼ぶか。俺はポール」

「ポール?いや、三日月」

私に名前がないのにこの異人には名前がある。それが許せなくてこの異人にとっさに思いついた名前を雑に貼り付ける。

「いやいや、異人つっても名前はあるんだよ」

「そんなの知らない。あんたは三日月」

三日月頭の異人は溜息をつきながらしぶしぶその呼び名を承諾した。

「人間さんよ、あんた何しにこんなとこへ?ここは異人の領域だ。あんたみたいな完全な人間はめったに来ない。まあ、たまーに迷い込む人間もいるが、あんたの歩みはどこか目指しているように見えた」

「どこも目指してない。私は食糧を探していただけ」

私は三日月頭の横に並んで歩く。

「食糧?なんだなんだ、人間もとうとう食糧不足ですかい?」

「欲に溺れて肥えた豚が食糧を独り占めしてるだけだ」

「それはそれはやっかいな豚さんで」

豚は本当にやっかいな存在だった。

この世界、もといこの大陸は三種類の存在によって構成されていた。私は人間。最も一般的で平凡な存在だ。

三日月のようなおかしな容姿をした存在は異人。異人はどこかしらおかしな容姿をしている。そして、人間の中で数少ない食糧を独占する存在を豚と呼ぶ。豚は太っているのですぐわかる。

もっともこの分け方がいつから通念になったのかはわからないが、人間と異人と豚が荒れ果てた世界に跋扈しているのが現実だ。

「人間も大変だねえ、住む場所もままならないこの大陸じゃ、食糧が尽きるのも目に見えたことってわけかね」

「豚さえいなければこんなことにはならなかった」

「豚も元は人間だろう」

「豚が人間?豚は生まれた時から豚だ。見た目じゃなくて、精神的な部分が」

「へえ」

二人が歩いて数分、壊れた線路の高架下に人だかりができているのが視界に入った。

「あれが喫茶店?」

「ああ、俺たち異人が集まる喫茶店、『アンダーレールウェイ』だ」


三日月に案内されて、人が集まる中心に建つボロボロの主屋に入る。

ここが喫茶店になっているらしい。

中に入ると、なるほど確かにカウンター席がしっかりと作られ、テーブルまで完備された喫茶店になっていた。木材を寄せ集めて作られたものが大半で、大きなバケツの椅子は一際目立っていた。

驚いたのは予想外にしっかりと作られた内装よりも、そこにいる人々だった。

三日月のように頭の形が星や四角に変わった人もいれば、腕が三本ある人、逆に腕が一本しかない人、唇が顔の半分を占めている人など、様々な外見の人がいた。

そしてその中には私と同じ普通の人間も数人混ざりこんでいた。

久々に他人に出会えて少し心が踊る。

「いい場所だろう?」

「ええ…」

「あんた腹が減ってんだろ?」

「そうだ!はやく食べさせろ!」

「ただで食べる気か?」

そう言われて我に返った。こいつらは異人、人間が異人を敵視し差別するように、異人も人間を避けるもの。

ただで食糧にありつけるなんて虫のいい話は考えられない。

「安心しな」

「え?」

金いらないのかと思い高揚する。

「ここは隠れ家的な共存の出発点、鉄道の下、アンダーレールウェイ。どんな奴でも受け入れる、そして食って飲んで人生を謳歌して楽しむ墓場でもある。種族に固執するなら出るのみ、コーヒーでも酒でも飲みたいなら種別について頭を半回転させてから来い。そういう場所だ」

「酒もあるのか。見直した。そういうことならいただきたいね、食い物と酒を」

「ああいいとも、そして楽しもう、我々を正常として、豚を異常として、あんたの心の中のルサンチマンを肴に」

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アンダーレールウェイ レインマン @tsukikawa

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