Y君の死
サイダー直之
①
Y君が死んだ。たしかなことだ。生馬殉一や他の大勢の学生にそれを告げたのは先生、つまり教授で、だから嘘だということはないはずである。それでも、何故か殉一は、これを底まで信じ込むのにはそこばくの無理を感じた。
ともあれその日までに、殉一がY君の死の決意やそれにつきまとう予感を感じ取ることが、果たしてできなかったのは本当だ。そもそも殉一は、それまでにY君と一度しか話したことなく、自分は彼を知っているが彼のほうはどうだろう、名前くらいは分かるだろうか、と疑うほどの関係で、またそれを確認したこともないほどの関係だった。加えて殉一がY君について知っていることはといえば、Yという本名、ギョロリとした目より始まる風貌、いつも背負っている黄色のリュックサック、そして彼と同様に絵を描くのだということ、だいたいそれくらいだった。
教授は講義の途中で、ここでちょっと残念なお知らせがあります、とマイクを通して言った。殉一は高校の籠球部の監督が卒業後に亡くなったときにも、その同じ言葉を携帯の画面に見た。《訃報》ではなく、《残念なお知らせ》らしかった。その折は同じ高校の先生からで、殉一は部長や副部長ないしその教師と特別親しかったのでもないのに、自分に知らせが来て、返事するより先に礼服を用意し、その後で監督の死没を部長にたしかめたのだった。教授の優しい声は次第に悲壮を帯びてゆき、
「まだ私のほうも、詳しい情報は分かっていないんですが、昨日月曜日、ご自宅で亡くなったと聞きました。ええ、辛いですね、やはり、一緒に勉強していたY君が、こう急に、亡くなってしまうと……。何か思い悩んでたのか、……それについて、Y君と仲よかった人、サークルとかで一緒だった人、知ってることがあれば、私のほうに知らせに来てくださいね、できれば。ええ……辛いですね。……お通夜や葬式のことなど、また分かり次第こちらから伝えるようにしますからね、それでね、われわれはやってゆきましょう」
普段うるさい教室の後方が、やけに静かになった。殉一のすぐ後ろにはY君と水魚のごとく親しい岩木という青年がいるはずで、だから殉一にはY君も一緒にいて当然なのだったが、しかしY君は死んだらしい。昨日のうちに死んだということは、今日、自分はY君を見ていないのだと、殉一はそれでようよう悟った。昨日は見ただろうか? 岩木の肥満体の横を、痩身でも堂々と歩いていたY君、小型の猿みたいな、日本史上初のノーベル文学賞作家みたいな丸くて大きい眼球を備えながら、常に不安のようで四顧していたY君、根からの絵描きで芸術家かもしれなかったY君を。……殉一は月曜日にはY君を見ていなかった。見たとしても忘れていた。結局最後に見たのは前の金曜日のことだ。話しもした。けれども本来の目的は岩木であった。
殉一には友人らしい友人がいず、すなわち大学では、一人で小説や画集、画家の評伝を読むのが常だった。そんな殉一と岩木とが実験の時間に同じ班に組まれ、頓馬な岩木に対して殉一はいくらか成績が優秀なことを、岩木はすぐに知った。(そしておそらく、殉一が絵を好むということも知った。なぜなら、殉一はY君の絵を描くについて、それより以前に知っていたから)爾後、岩木は時々学科のことを殉一に訊ねるようになった。岩木が殉一のほうへ来るときも、殉一が岩木のほうへゆくときも、決まってY君がギョロリとしていた。Y君もまた頓馬である、静かにしていはするけれど。
例の金曜日の午後、彼らには海岸工学の筆記試験があったのだ。殉一には全然問題のあるものではなかった。ところが朝のうちに、岩木が彼の元へ歩み寄り、
「生馬くん、今日の海岸工学、分かりそう? 教えて、ほしいんだけど……」
もちろんY君もいた。Y君は通常何も言うことなく、自分がそこにいるのを当たり前に思っているようだった。殉一にもそれは同様で、しかし多少の妥協は必要だった。岩木の訊くことはだいたい阿呆のそれであり、殉一には苦労もなく分かることを教えるのに手間がかかったが、結句授業のノートをそのまま読み上げるだけだった。そうして岩木は合点がいったらしく礼を述べ、同時にY君も、ありがとう、と言って手を上げた。殉一はY君には何も教えていず、そうでなくても、Y君よりの礼の言葉など無視するはずだった。というのは殉一とY君とがともに絵画を好んでいるからだ。それまで、殉一はY君の深く窪んだ眼窩の中の目に圧倒され、Y君のやる芸術にも物凄さや恨みを覚えていた。彼の嗜好や感性というのへ、少しでも触れたことはないのに。けれども、あるときY君の所作や視線に絡みつく変な矛盾にふと心付くと、もはやY君は殉一の敵ではなくなった。殉一は勝ちを喜び、同時にY君を恨む必要もなくなった。だから殉一は、礼を言ったY君に、おう、と自然に返した。しかしその実、Y君への先の考えへ、いまひとつ余計に重ねて、殉一にはY君の非芸術性への疑念が不意に浮かんできた頃でもあった。彼はそれへしっかり気付いていた。
そのY君が死んだ、それは、しかし定かなことなのだろうか? 教授は本当を言ったのだろうか? 殉一には、例えば最高裁判所の机ででも胸を張って言えることがあった。Y君を殺したのは自分ではない、ということだ。いったいから自分は人を殺めたことがない、というより殺めた記憶がない、だから実際には自分が有する自分の記憶によると自分は殺人犯人ではない、もっと確実に言うなら自分は殺人をやらない日を少なくとの十数年間毎日やり過ごしてきた、だからY君を殺したのは自分以外の誰かである。そして自分が殺していないという事実は、Y君が死んでいない可能性へ飛んでも不思議でないではないか? 一五八二年六月二十一日、本能寺で織田信長の遺骨は見付からなかった……。殉一にはY君の死を確認する必要があった。
けれどもかかる無意味な思索は、近くで話す愚者たちのために破られた。彼らはいやに神妙な声音でこう言った。
「えらい急だったな、Y君……。びっくりした」
「うん、それはな……」
「Y君……? 何で死んだんだろう」
「それは、あれだろ。自宅で見付かったって言ってただろ。だから、そういうことじゃないか」
これを聞いた途端、殉一は殉一の内にいるY君に、救いようのないもどかしさを感じた。それではあらゆる点で、殉一の思考や殉一自身がY君に届きそうなところは、まるでないのだった。Y君が死んだのは嘘だ! 殉一にはどうしても、いつも見かけていた眼力と矛盾とで成り立つY君と、首を括って、あるいは川に入って死に絶えるY君とを、結び付けることができなかった。Y君が絵画(殉一の思いたかった、それは芸術と呼ぶには甚だ飽き足りないもの)をやっていたという点も、やはり殉一を邪魔した。Y君はどうしたのか? もしか、Y君は真に芸術家だったのだろうか、そして自分は? Y君! 殉一は一番前の席にかけている。前には教授だけだ。何列か後方に岩木がいるはず、それは分かっていた。では、その岩木はひとりで、Y君と一緒ではないのか。殉一にはしかし、振り返ってたしかめる気力がなかった。葬式へゆくべきだと思った。そこでY君が死んでいれば、(生きていたら誰の葬式ということになるのか!)Y君が焼かれて骨だけになれば、スカスカの、まるで骨でないようなY君の骨が壺に込められれば、殉一にY君の死が認められる。そこで人の死を好むらしい人々の(実際に籠球の監督が死んだ折の通夜にも、殉一たち元部員だけでなく一般の卒業生も来ており、あたかも同窓会が開かれたかのように懐古談に励んでいた。また元部員でさえもその後で楽しげな食事へゆき、殉一ひとりは行かなかった)密かな噂話によって、Y君の死に様も知ることが出来るであろう。……いいや、生死如何は、もういいじゃないか! 死でいいじゃないか。そうだ。そのうえでY君はどうして死んだか……殺されたのか、それとも本当に自死だったのか……
授業の後、Y君と仲がよかった一人と岩木が教授の元へ行き、かすかな笑顔で、しかし残念そうに何事か話した。教授も似た表情で応じていた。殉一はすぐに必死で耳を傾けたが、彼には何も聞こえなかった。
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