liquid love

星染

liquid love

「だめだよ」「今日も満月だったんだ」

 わたしの言葉に、葵はかぶりを振った。ゆるゆるとした光が透明なカーテンを纏ってわたしたちを淡く照らした。グラスに少しだけ残ったサイダーが月光を吸い込んでゆらりと泡を吐き出す。わたしはだんだん、生きている心地がしなくなる。いつかわたしは死んでしまっているのかもしれない。まっぷたつの理性でわたしは、わたしと葵を薄く認識していた。サイダーの二酸化炭素とわたしたちの鼓動だけが、わたしたちがここにいることを証明するようにゆらゆら動いていた。


「影が」

「影?」


 僕らの影が、もう見えないんだ。


 影を落としてきてしまったのだ、とわたしは思った。吸血鬼にでもなったみたいだった。血。わたしは血液が嫌いだった。それはどうしてもわたしに、葵を思い起こさせた。哀しそうにはにかんで、僕らはなににもなれはしないんだよって言った葵を、どうしても思い出してしまうのだ。気持ち悪かった。鏡の向こうで私を見詰めるのはどこから見てもわたしの形をしていた。影を落としてきてしまった。


「ねえ、わたしたち、もういないのかもしれないね」


 ねえ、葵、あなたは考えたことがあるかしら。もうずっと探していたね。月の裏側みたいな、狂った時計の針みたいな美しさを探していたね。真っ暗なこの部屋で、ずうっとわたしたちは、傷を舐めあいながら待ってた。許されないことだって、葵がいればいつか綺麗なものになるんだって思ってた。葵。あなたは嘘が嫌いだったね。嘘つきなわたしと、嘘つきな世界をあなたははじめから嫌いだったのかな。ねえ、葵、葵はわたしが嫌いだった? ねえ、だめだよ、嘘を吐かないで。葵にあいされて、わたしは穢れるってことを知った。葵の甘い甘い嘘が、はにかんだ笑顔が、だいすきだったよ。


 新月の日、世界はいちばん嘘つきになるの。葵は嘘つきだよ。わたしたちはもういない。この世界に、もういない。ごめんね、ごめんね、わたし、幸せになりたかったよ。

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liquid love 星染 @v__veronic

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