蛍光灯と蝶

星染

蛍光灯と蝶

 泣きながらただ手を動かした。フィルムカメラに残った、現像されないままの写真みたいな記憶が、刹那だけ、形になるような気がした。そこに、紛れのないきみがいる気がした。

 狂ったしかばねみたいに、私を愛してよ。嫌いな人に、嫌いと言えないようなきみなんて、私と同じ銀の魚だ。夏が来るのに、私はまだ夏を知らないままで、ねえきみ、と凡庸な歌を書く。凡庸な歌、凡庸なプール、凡庸なきみ、凡庸な夜のコンビニエンスストア。陳腐な街明かりが好きよ、大人になれないのなら、そんな犯行だって許される。ナイロン袋が蒸し暑い午後10時を支配する。ねえ今から一緒に都会へ行こうよ。汚れた空気も、見えない星も、私ときみの清純で塗ってしまえばいいよ。そうやって幸せになろうよ。しねよしんでしまえよと泣いたいつかの夏を、清算しに行く。


 前髪を切った。可愛くなれた気がしたから、そのままきみを殺しに行こうと思った。


 子供ならなんでもできるんだよ、無邪気に暴力を振るえてしまうんだよ。馬鹿みたいにひらけた夜空は私より綺麗だから嫌いだった。きみに会うまで、私は世界一綺麗でいられたのに。きみは綺麗。二重瞼なら可愛いと言ってもらえるすべらかな灰色の世界で、きみだけが本当に綺麗だった。フィルムカメラは壊れてしまった。私の記憶の中で、世界一を手に入れたきみはゆっくりと羽化して蝶になる。流星。真昼の流星をみつけたよ。階段から落とされた女の子も、踏切を見つめる男の子も、みんなどこかで生きているはずだ。歪んだ過去を、歪んだきみを、私は愛していかなくちゃならないんだね。さもなくば、わかるね、と耳元で囁き声が聞こえる。

 みんな死んで、世界が終わるとき、そこらじゅうの花を集めて結婚式をしようね。ごめんね、ごめんね、わたし、ほんとは幸せになりたかった。この殺意や涙がきみに届いてほしくないと願うくらいに、君が好き。

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蛍光灯と蝶 星染 @v__veronic

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