短編集 春夏秋冬

石田夏目

第1話 春には両手一杯のミモザを

ある日の昼下がり、真新しい制服に身を包んだ学生達が次々に乗ってきた。

おそらく入学式終わりなのだろう。期待と希望で満ち溢れた顔をしている。

若いって素晴らしい。

(俺もすっかり歳をとったな…)

一体あれから何年経つんだろう。

つり革にぶら下がりながらそんなことを考えいると、アナウンスが流れ慌てて降車した。

改札を出るとすぐ近くの花屋に立ち寄った

「あっいらっしゃいませ。ミモザですよね」

「はい。お願いします。」

毎年来ているせいかすっかり顔を覚えられてしまった。

まぁ確かにこの花屋でミモザを頼むのは俺しかいないだろう。

花を受けとると近くのバス停へと走った。

ここのバスは一時間に一本しかないため逃すとかなり痛い。

しかしそんな心配をよそにタイミングよくバスが来てくれすんなり乗車した。

窓から差し込む日差しが実に心地いい。

しばらくぼんやりと景色をみていると桜の木が見えた。

(綺麗に咲いてるな…六分咲きぐらいだろうか)

桜を見ながらバスに揺られていると目的地にたどり着いた。

長い階段を一つずつ上がる。

「春子、遅くなってごめんな。」

彼女の名前をゆっくりとなぞる。

何年経っても今だにこの風景に慣れない。

彼女が隣にいた日々がまるで昨日のことのようだ。


「ねぇ、もし私が死んだらミモザの花を供えてくれる?」

「死ぬ?急に何の話だ?」

「もしもの話よ。もしもの。死んでも好きな花に囲まれていたいの。ねぇお願いね。」

もしかしたらこの時彼女は自分の未来が見えていたのかもしれない。

その後しばらくして彼女にガンが見つかった。

すぐに手術しようとしたが、身体中のあちこちに転移していてもう手の施しようがなかった。

残りの時間を大切な人と一緒にいたい

それが彼女の願いだった。

俺は仕事を辞め、できるだけたくさんの時間を彼女と過ごした。

特別なことはしていない。

ただ美味しいものを食べながら他愛のない話をして、夜は手を繋ぎながら寝る。そんな日々だ。

だが、その何気ない日々が今までで一番幸せだった。

そうして彼女は穏やかな顔のまま天国へと旅だっていった。


遺品整理をしていると二枚の手紙が出てきた

一枚は俺が昔書いた手紙だ。

先生へ

三年間ありがとうございました。

先生と過ごした三年間は一生の思い出です

先生に伝えたいことがあってこの手紙を書きました。

俺は先生が好きです。

困るとすぐに考え込むところも、今にも泣きそうなのに大人だからと言って我慢しているところも

全部大好きです。

先生が俺に気がないのは知っています。

でも誰よりも先生のこと幸せにできる自信があります。

返事がもらえるまでずっと待ってます。

光輝

今読むと大分恥ずかしい手紙だ。

字も汚くてとても読めたものじゃない。

けれど彼女は大切にしまっておいてくれたようだ。

もう一枚の手紙を開く

光輝さんへ

あの頃もらった手紙を見つけとても懐かしく思いました。

あれから随分経つのですね。

あの頃付き合っている人がいるって嘘ついてごめんなさい。

でも教師と生徒という関係だったから仕方なかったの。

自分の思いを何度消そうとしたか分かりません。

けれど光輝さんの真っ直ぐな気持ちがとても

嬉しくて…私を世界一幸せにしてくれてありがとう。

そうそうあの時渡したミモザの花言葉覚えていますか?

春子


ミモザの花を供えそっと手を合わす。

忘れるはずもない。

告白の返事として彼女が手渡してくれたのがミモザだった。

ミモザの花がふわりと風に揺れる

しわくちゃのスーツに手をのばし、タバコに火をつける。

彼女の最後の言葉がふと頭に響く。

「これが最後じゃない。きっとまた会いに行くわ。」

病院のベットで祈るように彼女の手を握りしめる。

「あぁ。その時には両手一杯のミモザを持って会いに来てくれ。ずっと待ってるから」

タバコの煙が空へと立ち上る。

こうしていると彼女の怒る声が聞こえるようだ。

「もう。タバコはダメって言ったでしょ?」

はっとして思わず後ろを振り向く。

一人の女性が両手一杯にミモザを抱え優しく微笑みゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

俺は彼女からミモザを受け取ると強く強く抱き締めた。

「待たせてごめんね。」

彼女はまるで子供をあやすように肩を叩いてくれる。

彼女は昔から俺を待たせてばかりだ。

そうあの頃から…ずっと。


「ミモザの花言葉はね秘密の恋。私もずっと好きでした。」






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