代行

@araki

第1話

「失敗したんだけど」

 高志が不満げな視線で私を見つめている。

 その頬には生々しく赤い張り手の跡。何があったのかは一目瞭然だった。

「あんたが言ったんじゃないか。あの手紙を渡せばイチコロだって」

 確かに、私は彼の依頼でラブレターを代筆した。ものの5分で仕上げた品だった。

「私の文才でもカバーしきれないものはある。そこは自分の努力で補ってもらわないと」

「そういうのが面倒だから丸投げしたってのに……」

 高志はあからさまに嫌そうな顔を見せた。

 ――こういうところを見抜かれちゃったんでしょうね。

 投げやりな告白をする彼の姿がありありと浮かんだ。

「とりあえず考えてみようよ。今のあなたに何が不足してるか」

「足りないものねぇ……」

 嫌々ながらも考える仕草を見せる高志。そういうところは好感が持てる。

「ルックスとか?」

「かっこいい人に惹かれない女子はそうそういないね」

「とは言え、元からこの顔だしな……」

「オシャレを頑張ってみれば?」

「俺はあんたと違って高校生なんだ。金がない」

 高志は苦笑交じりに肩をすくめる。贅沢な話だ。

「資金に限りがあるのはみんな知ってる。だからこそハードルはぐっと下がってると思うけど」

「それ以前に、そこに割く時間が勿体ない」

「だったら学を上げたら?」

 私は高志の前に一枚の紙を突き出す。その右端には「0」の数字が赤字で刻まれていた。

「ここがスタート地点なら、少しの頑張りでかなり上がると思うけど」

「それは出来る奴の台詞だ。ここからどう這い上がればいいか俺にはさっぱりだ」

「まずは授業をちゃんと聞こうよ。話はそれから――」

「それより」

 高志は私の前にぐっと身を乗り出してきた。

「あんたが教えてくれればいい。マンツーマンで」

「論外」

 それはズルというものだ。それに、どうせ彼には他の思惑がある。

「私にするのは他を全部試してから。そういう約束だったでしょ」

「分かりきった結果だ」

「そう思いたいだけだって」

「どうかな」

 高志は不敵に笑った。

「今夢中になれるのはあんただけだし」

「………」

 私は何も言わずに目を逸らした。

 ――それを他にすればイチコロなのに。

 こんな調子で卒業まで保つのだろうか。それだけが甚だ心配だった。

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