九、アツ子のあ

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「ごめんなさい」



と、言葉をかけることができなかった。というのも、ごめんなさいという言葉を伝えるほうが、俺にとっては納得ができないことのように思えた。



「仕事なんだから仕方がない」



なんて、結婚するはずの人にかける言葉にしては、言い訳がましく独占力が強いようにも思えた。


今更、もう元には戻れない。









「アツ子ちゃん、本当にごめんなさい」


悦子おばさんが私に会いに来て、玄関先でいきなり頭を下げてきた。


「あの人が来てから、うちの息子から聞いていた理由しか聞いてなかったの。まさか違う理由があったなんて私も知らなくて」

「えっちゃん……」



式場の内覧をしている途中に起きた今回の出来事。母が「言えない」と言ったのは、どうも悦子おばさんからすべてを聞いた後のことだったらしい。


「おばさん……頭を上げてください」

「でもっ!あの子は許されないことをしたわ!本当なら首根っこひっ捕まえてでも、連れてくるべきなんだけど……ね……」


悦子おばさんは、涙を流して私に懇願した。


「あの子じゃあ、アッちゃんを幸せにできない」

「そんな……」

「お願い……」


私はこのことを聞いて、結婚をすることをあきらめようとは考えなかった。どちらかというと、事実を本人に確認してからこれからどうするかと相談しようと思っていたぐらいだった。


でも、私の目の前で、母が仲良しな友人。そして私を娘のように接してくれた悦子おばさんが泣いている。苦しそうに。



「このことは、本人に行ってありますか?」

「いいえ……」

「そう……ですか」



悦子おばさんは、辛そうだ。今にも倒れこんでしまいそうなほど、膝を震わせている。とりあえず中に入ってもらい、席に座ってもらったものの、いつものような明るい表情はなく、終始俯く。

悦子おばさんの隣で支えるようにして、母が座った。悦子おばさんの背中をさすり、泣きそうな様子だった。



「……」

「アツ……」



母と悦子おばさんの思っていることは伝わった。今現在も問題となっている人とつながっていること、今までの離婚までの経緯、それをあえて本人には私に伝えずに私に伝えてきたことは、きっと



”それでも私たちは二人に幸せになってほしい”



ということなのだろう。もちろん、私もこうなりたいと思っていた。でも、伝えてもらう前から、一連の事件を紐解くと伝わらずともわかっていたことだった。



「だけどね……」



私は二人に伝えることばを絞り出し、ゆっくりと発した。



「私は、自分の幸せだけが幸せじゃないと思ってるの。今までお世話になった両親にも、幸せな気持ちになってほしいと思ってる」

「うん……」

「もし、過去のこと“だけ”なら、私も許せたと思う。けど」

私は、続けた。

「今も、そうなってるなら私は……やめたい」

「……アッちゃん」



悦子おばさんは「ごめんなさいっ」と泣き出した。おばさんが悪いわけじゃいのに、どうしてこんなにも泣かせてしまったのか。



「私こそ……ごめん…なさい…」



三人で泣いた。楽しい結婚式が待っているはずだったのに。


同時に、私は憤りを感じた。


こんなにも想ってくれていたのに。


本当に、ユウちゃんは大馬鹿者だよ。






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