3
“ピンポーン”
インターホンを押した家の扉が空く。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
私は久しぶりに佐藤さんの家に遊びにきた。
「材料、買ってきましたよ」
「やったー!今日は手作り飯だ飯っ!」
両手を上げて喜ぶ佐藤さんに私もつられて笑顔がこぼれた。
「しかし……まさか姉ちゃんと敦子さんが昔から仲良かったなんてびっくりでしたよ。僕たち…なんの縁でしょうかね」
「お前、それセクハラで訴えられるぞ。紅谷さん、この愚弟職場で本当に大丈夫だった?」
「姉ちゃん…人のことを変態扱いしないで」
「職場ではよく“セクハラ”って注意されてますよね?」
「紅谷…さんっ」
私も佐藤さんが佐藤さん(?)と姉弟だったことは驚いた。
再会してから久しぶりに遊びに行った佐藤さんの家に、別の佐藤さんがいたときには何のデジャヴかと思ったが、「これ、愚弟」と言われた時、どことなく似ていた目の形で何となく現実を受け入れることができた。
「まさか紅谷さんが退職してライター一本を目指すなんてね」
「私も驚いています」
「それほど心を動かした仕事だったんですか?」
佐藤さん弟、剛将さんは真剣な目を向けて私に尋ねる。
「そうですね。仕事の内容というか、どちらかというと自分が“やってみたい”ことがこの仕事でできそうだなと思って。それでチャレンジしてみようと思ったんです」
「なるほど」
「だからあの提案をしてきたんですね」
「ええ」
退職を願い出たとき、最後のわがままを聞いてもらった。
それは、アトリエ・kyoujiのインタビュー記事を掲載させてほしいということ。もちろん、記事のライティングは私が担当し、各従業員一人ずつインタビューを受けてもらう。
そして、個別だが私が担当しているブログにも掲載の許可をいただき、そのブログにもお店の紹介などの記事を掲載したい為の許可をもらうことだった。
「この企画をどうしてもやりたくて、企画書を作成して持ち込んでみました。そうしたらすぐに通って動いてもらえることになって」
「それはすごい!初めての企画ってこと?」
「はい。本来なら一フリーランスがとんでもないことしてるなとも思うのですが、この企画だけはどうしてもやってみたいというか…やらなきゃいけないって思ってました。もし通らなかったらブログのみでも自分で取材をして掲載しようと思ってて」
「そこまで紅谷さんを動かしたのは…?」
恵美子さんも剛将さんも首をかしげる。私は続けた。
「感謝を伝えたかったんです。形として」
「感謝…」
「はい。こうして前を向いて私が生きているのも、私の周りで素晴らしい人が働きかけてくれたことがあってこそです。だから、私が支えてもらった分、小さい力ですが、少しでも頑張りたいなと。それで、本来ならその頑張るは精力的に働くことが本来の筋ですが、どうしてもライターとしての活動を広げていきたかった。…結局は私のわがままが絡んでしまっていますが」
「いや、それでいいよ」
「?」
「紅谷さん、ここにきて初めて自分から“我儘”いえるようになったじゃん」
恵美子さんはビールを飲み、納得した様子。剛将さんもうなずく。
「え…そうですか?」
「そう。それに自分のやりたいこと見つけたみたいで、自分のことを始めて話すようになった。……すっごく生き生きしてる」
「生き生き……」
「うん、今の紅谷さん。すっごく良い」
佐藤さんは立ち上がった。その勢いで私の頭を激しくぐしゃぐしゃと撫でる。
「よし!今日は祝杯じゃ―――!」
「おう!祝杯じゃ―――!」
と、姉弟は“生き生きダンス”と称した不気味なダンスを立ち上がり踊りだした。
二人が生き生きダンスを踊っている右手には、私の握った梅ひじきのおにぎりが握りしめられていた。
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