袖振り合うも

水底

ねこのはなし

 家にねこがいるのです、と後輩は言った。雨の日の帰り道、家までついてきたのだと。えさを置いておくといつの間にか消えているからきっと食べているのだと思います。寝ていると手や足に尻尾を絡めてくれるのです。そう言って頬を緩める後輩に写真はないの、と聞くと尻尾だけなら……と一枚の写真を見せてくれた。

 室内らしきドアの少し開いた隙間から、しなりとのぞく長い尻尾。色味からキジトラのようだ。いいなぁ、と羨ましくなった。

 猫は好きだ。飼ったことはないが。きっとあの温もりがいれば、一人明かりの消えた家に帰る寂しさも紛れるだろうに。


 そんな話をしたことも忘れかけていた夜。帰路の途中、電柱にねこの尻尾が見えた。私が曲がる角を一足先に曲がってゆくしなりとした尻尾。そのまま家に帰り、ドアを開けるとするりと何かが足を撫でた。どうやらついてきたようだ。


 ねこは好きだ。ねこがいるなら、えさをやらないと。


 近くのコンビニに出向いて適当な銘柄の猫缶を買い、部屋に戻って皿に開けた。そっと部屋の隅に置きキッチンに戻る。自分の夕餉をあたためながらちろりとえさを置いた辺りに視線を向けると、カーテンがそわりと揺れた。ああ、あそこにいるらしい。

 夕餉を終えて皿を見に行くと、えさは綺麗さっぱりなくなっていた。


 それ以来ねこは家にいる。

 相変わらず尻尾しか見せないが、時折かかとやつま先の辺りをふさりとしたしなやかな長いものが撫でていく。

 ねこが来てから一人の部屋も寂しくはなくなった。ねこは部屋を荒らすでもなく、ただ毎日えさをやれば皿をきれいに空けるだけ。ふと心細くなる夜でも足元に目を向けさえしなければ、私の傍にするりと寄ってくつろいでくれる。実によい同居者である。


 だから。

 時折見える位置から推定される尾の付け根が猫にしては地を這うように低いのも、私の両足を容易く一巻きする尻尾の長さも、気にしないことにしている。

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