ENd isn't TERminus―終わりが始まり、始まりが終わる―

ΛAO

プロローグ 終と焉、誕と生

 

 今日は俺にとって何度目かになる“晴れ舞台”というやつがある。

 そう、この俺、世界焉至せかいえんじは高校の入学式を控えている。それなのに、お天道様は微笑んではくれない。


 ここ、新東京開発特区ではこの数日大雨が続いている。普段の遥か遠くまで澄み渡った蒼穹は深い灰色に染まり、淀み暗がっている。

 そんな曇天からは鈍色の涙がぽつりぽつりと落ち、その強さは増していく。


「人は天候に左右される生き物」と言うが、それは決して生活だけではない、人々の心も、この空と繋がっている。


 色の消えた街並み、人々の表情。

 こんな情景を目にすると、こちらも参ってしまう。


 雨は俺を最悪な気分にする、俺にいつも災厄を与える。


 そんなのはもう許せない、もう許さない――



 今日は私にとって何度目かになる“晴れ舞台”がある。

 そう、私、巫照美かんなぎてるみは高校の入学式を控えている。


 それなのに、ここ、新東京開発特区では連日大雨。普段のどこまでも晴れ渡った青空は鼠色の分厚い雲に覆われ、どこもかしこも重苦しい空気に包まれている。


「雨は天からの恵」と言うけれど、それは本当かと私はいつも思う。この状況を見てもそれが言えるだろうか。


 晴れは私に僥倖ぎょうこうを与え、雨は私からそれを奪う。


 そんなのはもう許せない、もう許さない――


 ✣


 雨は、人を不幸にする。災禍の真っ只中へと招き入れる。

 雨は、思い出したくもないことを思い出させる。

 雨は、呪い縛り付けてくる。


 雨、雨、全部雨。


 俺の人生の歯車を狂わせたのは雨。こんなもの要らない。

 特に今日は絶対に要らない。


 だから、俺が“



 雨は、人から幸せを奪う。幸福を奪う。

 雨は、人の思い出を簡単に塗り替える。

 雨は、晴れを覆い、自分のものとする。


 雨、雨、全て雨。


 私の人生を容易く改変してきたのは雨。こんなの要らない。要るのは晴れだけ。

 特に今日は絶対に晴れでなければいけない。


 だから、私が“


 ✣


 彼は、なるだけ高い所を求めて中心街を彷徨さまよい歩く。

 集合時間に間に合うかが不安だが、今は終わらせることに己が全神経を注ぎ込む。

 現代技術の集大成、最先端とも言える鋼鉄の街がここ、新東京開発特区。

 その最中心部に、天を突き抜けんと高々とそびえ立つ摩天楼を見つけた。


「あれが、かのC22 セントリアタワー、か……」


 思わず感嘆の声を口にしてしまった。

 それほどに、人の心に訴えかけてくる出で立ちに前衛的な造形。

 鋼鉄の街の象徴だけに、金属が材として多く使われているらしい。


 これは、上位希少金属ハイレアメタルだろうか


 詳細な情報は設計を担った一部関係者のみしか知らず、そこから一切口外されていないため、何もかもが謎のベールに包まれている。

 最下層から捻れ、渦を巻きながら最上層へと繋がっている外形。

 彼は、その小容量の脳へ情報をたんまり詰め込んできたのに、そこから導き出される像を軽々凌駕してくる。

 それほどに、茫漠ぼうばくとした広大さとこの街の建築物をはるかに超越した迫力。


 最下層から中層まで段々と渦が大回りになっており、そこから最上層までは小回りになっており、まるでそろばん玉のようである。

 その内部には大小異なる計百もの階が存在し、オフィスやショップ、遊園地に高級住宅など多種多様なな土地活用がなされている。

 人口ピラミッドを模したとされるこのタワーは、「未来へ向けて」というコンセプトのもと建てられた。

 コンセプトと造形から、子供に無限の可能性を翼に羽撃はばたいて欲しい、という願いの込められた構造だと彼は考えていた。


 そんなことを様々考えながら走っているうちにゲート前に着いた。


「君、学生かい? 学生証は?」


 警備員の若い男性にすこし止められて言われた。

 このタワーは、学生証を提示するだけで無料で入場できるのだ。

 なんとも夢見る少年少女のお財布に良心的である。


「学生証ね……はいッ! 戻ってきた時に返してくださいッ!」


 急いでいるのでもう面倒臭い、と彼は学生証を男性に投げつける。

 確認させると共にお預けしておくことにしたのだ。

 そして、一階フロアを突っ走り、真っ直ぐにエレベーターへと向かう。


「おぉ……ってコラッ! 中では走らないッ!!」


「っす、すみません。初めてなものでつい興奮して……」


 何の変哲もないやり取りを交わし、彼はその場から急ぎ足で去るのだった。


 「ところであいつ、何をあんなに急いでいるんだ……?」


 ✣


 その後、世界最速運転実用化に成功したと有名なエレベーターへと着いたが、「点検中につき使用禁止」との貼紙がされていた。

 一刻を争う時に点検とは、最悪の情報にギリリと歯軋りをし、諦めて各階を繋ぐ階段口へ向かう。


「ッくそッ! このタワー、全百階だぞ……」


 先とは違った感嘆の声が漏れる。

 彼がそう思うのも当然、彼はこれを登りきらなければならないのだ。

 しかも、集合時間に間に合うよう急ぎで。

 故に、基本走りっぱなしである。


 仕方ないので、彼は腹をくくり走って登ることにした。

 が、流石に荷物が邪魔なので、階段下のスペースに一時的に置かせて貰うことにした。


 「すみません。ちょっとだけですから、許してください!」


 誰がいるわけでもないのに、彼は頭を下げ弁明をしてから荷物を置く。

 そして、階段を登り始める。

 彼は階段を二段飛ばしで全速力で駆け上がっていく。


 順調なペース配分、思いの外、百階なんて全然大したことないかもしれない


 彼はそう思っていた。

 しかし、忘れてはならないのがこのタワーの構造。

 一から五十階までは段々と大回りになっている。

 これが四十を超えたあたりから徐々に足にきはじめ、彼を苦しめる。


「――うぐッ。つ、っちゃったな、こりゃ」


 遂に、五十目前の四十九階で左ふくらはぎを攣り、彼は歩き出すことさえ難しくなった。

 もがき苦しみながらどうにか五十階に到着し、その大広間で一旦休むことにした。

 彼に残された時間は、集合時間九時までの二十分。


「エレベーターが使えていたら、何事もなく、ものの一分足らずで千五百メートルを登れたのに。はぁ……」


 大きく溜息をつきながら、ずしりと床に座り込む。

 しばらくすると、一度座り込んでしまったがために乳酸が溜まり、彼はもう立てなくなった。

 そんな時、彼の前に一つの人影が現れる。


 LEDの灯りに照らされ浮かび上がったその正体は、ひとりの女の子だった。

 見目麗しく整った顔、妖しく艶かしく流れる腰元まで伸ばした黒髪。

 華奢な体躯で、わずかに触れただけで壊れてしまいそうな儚さがある。

 それになんの偶然か、同じ高校――国立新東京開発特区第一高等学校、通称“第一”の制服を着ていた。


 その瞬間、彼の心にもう一度火がついた。


「ね、ねぇ……君、第一の学生、だよね、ね!」


 こちらも急いでいるらしい彼女に、どうにかついて行きながら彼は背後から質問する。


「ええ、そうよ。君もそうらしいけれど、なんの用かしら?」


「いや、僕はこの上にちょっと用があって。ところで、君は何しに来たのかな、なんて……」


 彼は上を指しながら言った。


 初対面の人に何をしているんだ俺。失礼の極み、無礼の極みだ。


 彼がそう思っていると、


「そうなの? 実は、私も上に用があるの! そういうことなら一緒に行きましょ!」


 彼女が笑みを浮かべながら答える。


 ああ、笑ってる顔、可愛いなぁ。

 なんだか神々しくて眩しさも感じる。

 そんな彼女が持ちかけてくれたんだ、断るはずがない。


「うん、一緒に行こうか!」


 彼は頬を紅潮させ、デレデレしながら返した。


 そんなこんなで彼女と一緒に登ることになった彼だが、彼女のの用を聞けていない。

 こっちが言っていないのがいけないのかもしれないが、彼はそう思いながらも彼女に質問する。

 何故、わざわざこんな日にタワー最上階目指して走っているのか、と。

 そう聞くと彼女は、


「雨を終わらせるために、の、晴れを」


 と深刻そうな表情で答えた。

 彼には、彼女の言っていること全てがさっぱり理解できなかった。

 天候操作ができる機器デバイスでも作ったのだろうか。

 そう思って質問しても、


「いや、そんな大層な代物持ってないわよ」


 と答える。


 質問すれども返ってくるのは理解不能な言葉で、彼の脳内はハテナで埋め尽くされた。

 そんなことをしているうち、百階――タワー屋上が目前に差し掛かった。


「――やっと着いた。よし、じゃあ始めないとだね!」


「ええ、そうね。それじゃ、さっそく……」


「いや、待って。さっき『雨を終わらせる』って言ったよね?」


 先の彼女の発言を再度確認する。


 もし彼女がそう言っていたなら、これは明らかに俺の専門分野。そうとあらば、俺がやった方が良いはずだ。


 彼は、カッコつけられる最大のチャンスを逃しはしなかった。


「確かにそう言ったわ。それが何かしら?」


「そう、言ったよね! なら、ここは僕の出番だ! 君は下がってて!」


 彼女に警告し、彼は彼のすべきことを全うしようとことを始める。

 そして、彼はその右の拳をこの曇天に掲げ、深呼吸して息を整えるとこう叫ぶ。


「我は世界焉至。世界家の血筋を引く者なり。遥か上空に蔓延る低き気の圧力よ。我が名のもとに終焉に至り、終わるべし」


 次の瞬間、分厚く空を覆っていた雲は真っ二つに割け、その姿を消した。

 灰色に染まっていた空は

 新たな雲が生成されなくなり、空が普段をすこしずつ取り戻し始める。


「君は始めるんだったよね、晴れを。雨は僕が終わらせたから、始めるなら始めたら? あ、なるだけ純度高めの快晴でお願いね」


 彼女は彼の辺鄙へんぴな力を目にして、目を丸くして呆気にとられているようだった。

 無理もない。こんなデタラメなこと、一級設計士の機器でさえ出来やしない。

 彼が人にこの力を見せるのだってこれが初めてだ。


 でも、彼には不思議と彼女には見せても大丈夫だって気がした。

 だから、見せた。

 でも、流石に駄目だったか、と彼は反省気味に思った。


 そう思っていた時、彼女が急に機敏に動き出した。

 そして、屋上の中心に立ち、双眸そうぼうをゆっくりと閉じると、二礼二拍手一礼をし、こう紡いた。


「我は巫照美。代々、神無木神社の宮司を任されている一族の者なり。神々よ、今ここに顕現し、我に力を与えたまえ。そして、かの大空に大いなる蒼天を創造し、世を照らすべし」


 彼女による一連の儀式が終わると、空は一気に普段の色を取り戻し、蒼穹たるその力を見せてくれた。

 雲ひとつない、蒼く澄み渡った空。彼女も隣で満面の笑みを浮かべている。


 やはり俺はこれが好きだ、彼は強く思うのだった。


 彼は、人生で最高の気分になった。


「それより、あなた新入生よね。学校、遅れてちゃうわよ。私も急がなきゃいけないんだけど……」


「え、あ、あと八分!? それに、君も新入生!? これは、楽しくなりそうだ。同じクラスがいいな!」


「ええ。まあ、学校に間に合ったらの話ね。じゃ、急ぐわよ! これ、使って!」


 彼は、ノールックで投げられた飛行用機器フライング・デバイスを受け取り、名門・国立新東京開発特区第一高等学校へと彼女と共に向かうのだった。


 ――ここから、二つの物語が、一つに交わる

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