第2話

怒り狂っていた。とうに沸点を突き破って、天の涯まで届かんばかりだった。

が、薄いガラス越しに、大杉はそれを眺めている。

どんどんどんどん激しく叩くも、1ミクロンも割れないし、こちらからはただ見ているばかりで声も伝わっていないようだ。そのうちガラスが曇り、乳白色に濁ってなにも見えなくなった。

驚いていた。はずだ。

見えなくなる前、そこに映っていた自分の顔は、屍人のような無表情だったからだ。

能面のようなかんばせが虚ろにうつろう。


うじゅるうじゅる。

ぴちゃぴちゃぴちゃり。

べた、ぺたっ。

なんの音だろう。まるっきりモンスターではないか。

何かが肌を這っている。

ぬめりがあり、ぐずぐずした、粘体のうねり。

ところどころ穴が開いていて、ふしゅるふしゅる息というか空気を吐いている。

襲われている?喰われている最中?

飛び起きた。

そこには形容しがたい異形がいた。

一見するとそこらへんにいる、ごく普通の女性であった。であるが、両手は触手で、触手の所々空いている穴からは何か名伏しがたいものがちろちろ見え隠れし、意味難い粘液を滴らせている。じっとは見つめていたくなかった。ところどころがさまざまに遷移していたからだ。蛆虫、ハエ、ヘビ、カマキリ、トンボ、アリやクモ?深海生物だろうか?怖い絵本で見たような怪物性が立ち現れ。深宇宙の異生物、形容し難いものも。ぬめって、蠢いて、さざめきあって。

発狂。

すんでのところで止まったのは、どうやら感情の起伏がちっとも感じられないせいらしかった。

さらには。

目の前の怪物が飛びのき、怯えていた。

心の声が開いた。

「ま…ま、まだ治療は終わってません、よ」

カデリとの出会いだった。


その異形の娘、カデリは治し役という、大杉の世界でいう医者のような役回りらしかった。

3ヶ月間眠っていたらしい。

ここはカデリの家で、村であり、その外は眼を見張る驚天動地の大地がただただどこまでも広がっているという。

他のものにも会いたいというと、やめておいたほうがいいとにべもなく断られた。

ここでわたしたちは愛によって生きているが、お互いの姿のせいで発狂したり、傷つけあって死んでいると。普段はテレパシーでやり取りし、お互い出会わないよう生活している。子孫を残す時だけ、死をかけて会っていどむ。それからどうやって育っていくのかは教えてくれなかったが。

あなたを傷つけないようわたしが慎重に選ばれたが、それでも狂うだろうと涙して悲しまれた。

だからこうして無事なのが不思議だしとても嬉しい。

ただ。

ただ?

今夜を越えられればいいのだけど、と諦め気味に細々に嘆息した。

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