あれはお前だったに違いない
秋雨千尋
第1話 見習い陰陽師は見ていた
今年で二十八になるが、未だに見習い止まりなのは、〈愛する人〉不足によるもの。愛を知らぬ陰陽師に強い力は得られない。
「明日は、もっと格好良い俺に!」
今日も精神とイケメンぶりを鍛える為に、職場である女子校の周りを走っていた。
生徒との秘密の恋から、卒業後の結婚。
シングルマーザーとのドラマチックな恋。教師同士のお互いを高め合う恋。
様々なシチュエーションを期待して就いた職だが、残念ながら浮いた話はゼロである。
彼は決してブサイクではない。
童顔だが整った顔立ち。一つにまとめてある髪はツヤのある黒髪で、人当たりも良い。
ただほんの少し、身長が足りないだけだ。
「生徒に“じょうかちゃん”とか呼ばれているうちは無理なのか?成長期よ甦れ!」
夜空に浮かぶ満月に向かって文句を垂れたタイミングで、校内に人影が見えた。二階の女子トイレに誰か居る。
だが女子トイレとなれば、花子さんだろう。
気にせずランニングを続けた。
翌日、全身をボコボコにされた女生徒の無残な死体が発見された。
警察は他殺を疑い校内を検証。
その結果、巨大な密室だった事が判明した。全ての出入り口・窓は中から施錠されており、朝、当番の先生が鍵を開けて校内を見回って死体を発見。臨時休校となった。
そのため、生徒は誰も校内に入っていない。
見回り時や、通報のドタバタに乗じて逃げた可能性を考えて、付近の聞き取り調査が行われている。
条架は壁を殴り、拳を血に染める。
昨夜見た人影はおそらく犯人だ。すぐに行けば助けられたかもしれない。
救えた命を取りこぼした。死の責任の一端は自分にある。
「犯人を、必ず見つけてみせる!」
亡くなった少女にしてあげられる事はもう、それしかない。条架は両頬を叩いて走り出した。
当番の先生は三人。それぞれ一階・二階・三階を同時に確認する決まりだ。条架は首をかしげる。
「ずいぶん厳重なのですね」
「ええ…。お恥ずかしい話ですが、居残りしたり侵入したりする生徒が後を絶たないものですから」
この学校には誓いの儀式があるらしい。満月の夜、日付けが変わる瞬間に校内で口付けた二人は永遠に結ばれるというのだ。
何を馬鹿なとは思ったが、女子校という独特な舞台が信憑性を増すのかもしれない。
先生方に礼をして、黄色いテープで立ち入りを禁止されている現場のトイレに到着した時、後ろから声をかけられた。
「あの、先生」
おずおずといった風に、柱の影から覗きこんでくる三つ編みの少女。メガネの奥の顔立ちはとても美しい。条架はドキリとした。
彼女はゆっくりと近づいてきて上目遣いで口を開く。
「アヤの事件を、調べているのですか?」
「そうだよ。君は?」
「アヤは親友でした。私、犯人を許せません。あんな可愛い顔をボコボコにするなんて」
「もしかして手伝ってくれるのかな」
コクリと頷き、三つ編みが揺れる。真面目そうな子だ。条架は小さな助手を受け入れた。
「先生、どのように調べるのですか?」
「何せ現場がトイレだからね、専門家に聞くのが一番」
条架は印を結び、呪文を唱えた。
「花子さん、話を聞かせてくれないかな?」
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