しあわせの魔法
星染
しあわせの魔法
君がいなくなるときいつもより夜の空が澄んで、きれいに見えることを知っていた。火葬場、白い烏、朝に食べたショートケーキ、
誰の姿も見えない明け方の路地を歩いていた。真っ赤な朝日が眩しくポストを射して、長い影を作っていた。
廃墟のようだ。
1階にカラオケボックスのある高層ビルの前にさしかかる。ガラス製の自動ドアは、電気が切れていてこの時間帯は作動しない。たくさんの光の粒が透明なドアを通過して、ビルの中のさびれたコンクリートの床に当たって、あたたかい模様をつくっている。先週きみとここで話をした。きみは冬場なのに炭酸の缶を飲んでいて、この味がどうしても好きなんだと言って震えながら飲んでいた、飲ませてもらったけど、土みたいな変な味がした。
「メイ、祭囃子が聴こえる」
「そんなもの聴こえないよ」
「いや、ぼくには聴こえている、遠くなっていく」
「ねえ、気味が悪いよ」
「怖くなんてないよ」
「怖い」
「メイ」
「怖い」
どこにも行かないで。どこにも行かないでね!
きみは困ったように頭を掻いた。わかっていたからだ。自分がもうすぐ死んでしまうこと。もうすぐ大きなトラックがこの路地を通り過ぎること。沈黙のあと、掠れた声で、きみは子供をあやすように言った、「ごめんね。でも、祭囃子はもう行ってしまった」
君が死んだ朝、ひとりでショートケーキを食べた。甘ったるいくらいが丁度よくて、吐きそうになりながら食べた。当たり前だけど、きみは最後まで、大丈夫だと言わなかった。わかっていた、きみが強がりな人間などではないこと、わかっていたけれど、嘘でも、大丈夫だと言って欲しかった。冷蔵庫の二段目の奥、秘密で買っておいた土のような味の炭酸の缶をあけて呷った。凄く美味しかった。アリス・イン・ワンダーランドの魔法の飲み物はこれくらいの味がするのだろう。メイ、と名前を呼ぶ声がする。夢中で飲みながら泣いた。噎せて、こぼれた雫が落ちて、硝子のような乾いた音を立てる、目の前を白い烏が横切っていく、呼吸が止まる、魔法、しあわせの魔法、仮想、火葬。今日の星は、昨日よりもきっと綺麗なはずだ。
しあわせの魔法 星染 @v__veronic
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます