第4話 死霊使い
「ご主人様、リエーフです」
返事があって、リエーフさんが扉を開ける。
「ミオ様をお連れ致しました」
「……そういうことは扉を開ける前に言え……」
恨みがましそうな声が奥から聞こえる。その声色的に、あまり歓迎されているわけではなさそうだ。
部屋の奥にあるベッドから体を起こそうとしているのを見つけて、声を上げる。
「お休みだとは聞いていました。そのままで結構です」
「すみません、ご主人様。どうしてもお話したいとのことでお連れしました」
「どうしてもとは言ってませんが……」
まぁ、それに近いことは言ったかもしれないが。
「では、わたくしは席を外させて頂きます」
「おい!」
ご当主様は不満げだったが、気にも留めずに執事さんが退室していく。
従者の割には、どうも力関係が逆の気がする……。
「……話とは?」
ベッドに腰かけたまま、当主が声を上げる。
月明かりや蝋燭の火では気が付かなかったけど、かなり顔色が悪い。なるべく手短にすませなきゃと思いつつ、とりあえず確認から入る。
「私は、記憶を失っているんですよね?」
彼は答えなかったが、否定しなかったのでひとまず肯定と取る。
「じゃあ……記憶を失う前の私は、貴方のことが好きだったのでしょうか」
率直な問いに、当主は馬鹿を見るような目つきをした。
「知るか。何で俺に聞く」
「だって、他に誰に聞けばいいんですか」
「まあ……リエーフに聞かなかったのは賢明だと言わざるを得ないが」
前髪を掻き上げて、当主がぼやく。その理由はなんとなく私にもわかる。あの執事、なんか適当なことを言って丸め込みそうなんだもの。
「……お前が何を考えていたかなど、俺にはわからん」
ますます執事の話に信憑性がなくなってきた。何を考えてるかわからない相手、花嫁にしようと思うだろうか?
「それなら……貴方は? 貴方は私をどう思っていたんですか?」
「そんなこと聞いてどうする」
……そんなこと、か。あまりにも素っ気ない答えに、逆に決心がついた。
「突然記憶にない人の花嫁だとか言われたら、気になってもおかしくないと思うんですが……答えてくれないのなら、いいです」
やっぱり、無理。例え形だけだとしても――いや形だけだからこそ、だろうか。
保身のためだけに結婚するなんて、私には無理だ。いくら過去に何があろうとも、覚えてない人は知らない人。でも、本当にそんな過去があったなら、少しでもその片鱗が見えるのなら。そう思って話をしに来た。だいたい、こういう契約って当人同士でやるものだろうし。
もう少しこの世界について何かわかるまでは……とも考えたけど、それなら現地で学ぶ方が話は早いだろう。どこかの街で仕事を探して自立しよう。
きっと……その方が性に合ってる。
「どこか近くに街はありませんか? 私、ここを出て仕事を探します」
「リエーフに聞け」
出て行くことを仄めかしても、止めもしない。欠片も私に関心なんかなさそう。あんな質問するんじゃなかったと今更恥ずかしくなってきた。軽く頭を下げて、逃げるように踵を返す。
でも扉に手をかけた瞬間、ふと思い出した。
「恨んでもいいと――言ったのはどうしてですか?」
振り向いて、問いかける。
リエーフさんの話では、私を転生させたのは彼だという話だ。確かに、私が頼んだことではない。だけど、場所と立場はともかく、再び生かしてくれたのは事実だし、死ぬ前に戻ることができないのも彼のせいじゃないだろう。
すまないと、謝ってくれたあのときだけは……暗く冷たい瞳が少し哀しそうだったから。
なのに、どうして恨まなくてはならないのだろうか。
「……死霊使いに愛されたものは死に魅入られる」
「……?」
「という逸話がある。去るならば早い方がいい」
答えになっていない。
話が噛み合わないし、相変わらずこちらをまともに見もしない。
……やっぱり、何を考えているのかわからない。いや、早く出て行けってことかな、これは。
「わかりました。……さよなら」
別れの言葉を口にしても、返ってくる言葉は何もない。
今度こそ退室しようと扉を開ける――と、執事さんの鋭い声が、扉の隙間から滑り込んできた。
「いけません、レイラ!」
ピシリと、部屋が鳴った。
ガタガタと窓枠が音を立て、机に積み重なった書類が一斉に宙を舞う。
「な……何!?」
激しい揺れに立っていられず、その場にしゃがみ込む。
地震? でも、それにしては書類が重力に逆らっている。
執事も当主も同じ方を向いているけど、私にはそこに何も見えない。そのうちペン立てや燭台までが宙に浮かんだ。本がバサバサと鳥にみたいに私の前をかすめて、両手で頭を覆う。何、これ。なんなの。
「ミオ様!」
リエーフさんのただならぬ声色に、反射的に顔を上げる。
視界に飛び込んできたのは、私に切っ先を向けて飛んでくるペーパーナイフ。
「……ッ」
悠長に、それがペーパーナイフであることとか、避けないとこの勢いは軽傷じゃすまないとか考えている余裕はあるくせに、体はまるで動かなかった。
多分実際はものすごく短い時間だった。
頭だけがやけに冷静に、刺さる、と結論を出す。手で体を庇うことはおろか、目を閉じることすらできずに。
ナイフが突き刺さる。でも、私にではなく。
私の前に立ちふさがった、当主の肩に。
呻き声一つ上げず、顔色一つ変えずに、彼は肩に刺さったナイフを自分で抜いた。ピッと鮮血が舞い、シャツが血に染まる。
それすら歯牙にもかけず、当主は右手を掲げた。
『捉えよ』
何事かを口ずさんだ瞬間に、傷口から流れた血が魔方陣のような印を宙に模る。それは赤い鎖となって虚空に走った。
きゃっ、と、小さな悲鳴のようなものが聞こえた――気がした。
次の瞬間には、浮いていた書類も本もボトボトと床に落ち、揺れもラップ音も嘘みたいに収まっている。
この屋敷には、死霊が集まると。
聞いてはいたけれど。
「ミオ様!?」
執事の制止の声を振り切って、私は部屋を飛び出していた。
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