第48話・弱い力
いやはや、危機一髪だった。
ヨウシくんとデンシちゃんが結び合うチューセーシは、運がよかった。
あわや一巻の終わり!というところで、ものすごい衝撃波が発生し、中性子の芯に貼りつけにされるのを免れたんだから。
巨大天体の破局が、ヨウシくんたちを吹き飛ばしたんだ。
奈落の底から、奇跡の脱出だ。
ヨウシくんたちのチューセーシは、爆発の勢いにのっかり、天体内を突き進む。
そのうちに、もうひとつの奇跡が起きた。
ヨウシくんのへその下で、「β-(ベータマイナス)崩壊」が起きたんだ。
かつて、自分にぶつかってきた陽子を蹴飛ばして中性子にしたときの「β+崩壊」とは逆の現象だ。
あのとき、相手の陽子は、股間から陽電子(β+)とニュートリノを吐き出して、中性子に姿を変えたっけ。
その真逆の現象が、今度は自分たちの身に起きたんだ。
ヨウシくんは、反ニュートリノを吐き出すと同時に、中性子から陽子へと姿を変えた。
元の陽子にもどれた!
普通の男の子に・・・!
しかもそれと同時に、デンシちゃんがヨウシくんの胸から飛び出してきた。
電子にもどった!
わたしも女の子にもどれたわっ・・・!
β-崩壊では、中性子が陽子に変わるときに、電子(β-)と反ニュートリノとを放出する。
こうして、中性子としてひとつのからだにまとまっていたヨウシくんとデンシちゃんは、陽子と電子とに分離された、というわけなんだ。
ここでまたひとつ、野暮な説明だ。
きみが住むこの世界には、力がたった四つだけ存在する。
・・・言っている意味がわからないって?
いやいや、この自然界において本質的な意味で活躍をしている力は、選り分けて、たった四つしかないんだ。
その四つの中に、腕力や権力や計算能力は含まれない。
車の推進力や、クレーンの吊り上げ力など、ものの運動をコントロールする人工的な動力も含まれない。
それらは、四つの根本的な力から分岐したものだ。
ワットさんが発明した蒸気機関は、人類史上ではじめて「動力」自体を生み出す装置として名を上げたけど、それもまた突き詰めれば、これから並べる四つの力に依存するんだ。
すなわち、重力、電磁気力、強い力・・・と、もうひとつだ。
前の三つについては、ここまでくどくどと述べたててきたので、理解してくれていると思う。
三つとも、引力、あるいは斥力を物質間に発揮する相互作用だった。
だけど最後のひとつは、粒子の崩壊を引き起こす、ある意味、特殊な力だ。
上で見た、陽子と中性子の変身や、ニュートリノの出現を操作してくれる力だよ。
これを「弱い力」という。
素粒子レベルの非常に近い距離でしか作用しない上に、電磁気力よりも強い力よりもはるかに力が弱いから、弱い力、だ。
こいつの説明は難しいんだけど、とにかく、素粒子をくっつけたり引っぱがしたりするのが、弱い力の力というわけだ。
「重力」「電磁気力」「強い力」「弱い力」というこの四つだけが、世界の力を支配している。
それどころか、この四つの力だけで、世界はつくられたんだ。
神様は、なぜかこの四つの力を、あの宇宙開びゃくの際に解き放った。
世界のグランドデザインに対するいかなる作為もなしに、ただ、世界には、素粒子と、四つの力が与えられたんだ。
なるようになりなさい!と。
その初期設定と、138億年という歳月のみで、今われわれが住むこの世界は形づくられたんだよ。
まったく不思議なことだ。
が、この物語でひとつひとつの過程を見てきたように、それは実に必然なんだ。
だって、これらの自然現象があるきり、なんの人為的な操作もなしに、世界はここまで進めたろ?
この四つの力は、必要にして十分だったわけだ。
あるいは神様は、世界がこの姿に落ち着くようにちゃんと意図して、それだけのものを与えてくださったのかもしれないけどね。
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