ドーベル将軍
エレギオンはユッキーの言う通り、やることはヤマほどあったの。アングマール軍は退却してくれたけど、アングマールは滅んだわけじゃないし、魔王だってピンピンしてるのよ。ごく簡単にはまたエレギオンが包囲されるのは予想されちゃうわけ。次の包囲戦に備える準備を早くしなきゃいけないのよ。
魔王はエルグ平原からは退却したけど、アングマールまで帰らずにマウサルムにいるみたい。これも伝聞だけど、またエロ処刑やってるみたい。ホンマにあいつの楽しみはアレしかないんかと言いたいわ。
それとハマにしっかり橋頭保残してる。守っているのはドーベル将軍。ドーベル将軍は包囲戦の時にはリューオンとベラテの担当だったみたいだけど、アングマール直属軍は十個大隊ぐらいしか与えられなかったみたい。後は高原徴収兵で囲んでたぐらい。そうなるとエレギオンにはアングマール直属軍が五個軍団近くが襲いかかっていたことになる。
ドーベル将軍の情報もかなり集まっているんだけど、アングマールの将軍の中でもちょっと毛色が違うみたい。アングマールの将軍の典型的なのはコトリがベッサスの河原で討ち取ったバルド将軍みたいな感じ。猛将ではあるけど残虐みたいな感じ。レッサウで苦戦したマハム将軍も似た感じで、レッサウでは大虐殺やってるもんね。
圧政と強奪はアングマール軍の基本戦略だからドーベル将軍も例外じゃないんだけど、どうも本音ではあんまり好きじゃないみたい。バルド将軍やマハム将軍は楽しんでやってる気がするけど、ドーベル将軍は命令に従ってやってるだけの印象があるわ。だから命令分以外は極力やらないみたい。
それとアングマール軍の捕虜から聞いた話だけど、アングマール軍兵士の信望は絶大みたい。常勝将軍とか、不敗の名将として崇められてるの。たしかに戦は上手い。エレギオン包囲戦前にリューオンの郊外でコトリも戦ったけど、軽くあしらわれちゃって、なんとか大敗を免れるのがやっとだったもの。
「ユッキー、ハマは奪回しときたいところだよね」
「出来ればね。でも、コトリで勝てる」
「やってみなけりゃ、わかんない程度。それぐらいドーベル将軍は手強い」
とりあえず今のエレギオンの戦力じゃ、ハマを奪回したところで、そこからシャウスに進めるほどの力は無く、次に魔王が来た時に守り切れそうにないから、保留にした。
「ユッキー、農園の復旧はしないの?」
「三年も放置していたからね。これを復旧するのも大変なんだけど、もう一つ心配もあるの」
「なに? とりあえず食糧作らへんかったら飢え死にしてまうやん」
「そうなんだけど、次にアングマール軍が来襲するとしたら、秋の収穫期の可能性が高いと思ってるの。エレギオンを囲んどいて、収穫物を横取りする作戦」
「ありそうやな」
「だから、あえて今は復旧しないでおこうと思うの」
ユッキーも苦しそうな判断やった。食糧は後二年は持ちそうといっても、補充が無ければいつかは尽きるんよ。
「でも、これから二年間魔王が動かなかったらエレギオンが飢え死にして終わっちゃうよ」
「だけど作れば、待ってましたとばかりに来る気がするの」
「だったら作った方がイイよ。来るなら食糧があるうちに戦った方が望みがあるやんか。このまま終りはあらへんねんから」
結局のところ、ユッキーが折れて農園の復旧も着手する事になったの。籠城の再準備、農園復旧を進めていた時にドーベル将軍が動いたとの情報が飛び込んできたの。ハマからなら通常はリューオン、ベラテを通ってエレギオンを目指すんやけど、なんとドーベル将軍はキボン川を渡ってエレギオンの北部に侵入したって話なのよ。
「コトリ、今の状態でエレギオンが包囲されるのは拙いわ。なんとか追い返してきて」
コトリは第一軍団と第二軍団を率いて出発したの。もっとも包囲戦で両軍団とも消耗していて合わせて通常の一・五個軍団ぐらいの規模やったけど。コトリが動いたらドーベル将軍もハマに退いてくれる期待もあったんやけど、ドーベル将軍はコトリが動くのを読んでいたかのようにセラの野に進んできた。
セラの野は羊の放牧地でもあり、馬の放牧地として使われているところ。つまりは起伏はあるけどだだっ広いところ。会戦をやるならうってつけのところやってんけど、コトリはどうにも嫌な感じがしてた。これはリューオン郊外で敗れた手痛い記憶もあるんやけど、どうにもドーベル将軍に誘われての会戦になる点が気になった。
幕僚たちは決戦を主張したわ。偵察ではドーベル将軍が率いているのは一個軍団ぐらいみたいだからエレギオン軍の方が多いし、騎馬隊だって包囲戦ではほぼ無傷で生き残っていたの。ここでドーベル将軍を撃破すればハマ奪還がセットに付いてくるって感じかな。
でもね、コトリは必死になって考えたの。今の大事な点は何かって。ユッキーはエレギオンが現段階で包囲される危険性を心配しとったけど、ハマにいるアングマール軍は多くて二個軍団程度。だからドーベル将軍がセラの野に進めてきたのが一個軍団程度ってのはわかる。でも、ハマにいるアングマール軍が総出でエレギオンを包囲したって二個軍団じゃないかって。
そうなるとドーベル将軍の狙いはエレギオン包囲じゃなくて、エレギオン軍の兵力削減を狙った作戦じゃないかと判断したの。それでも圧勝できれば文句ないんだけど、負ければ大変なことになっちゃうのよ。ここは退くべきだって。もしドーベル将軍がエレギオンまで進んできたら、その時は第三軍団も、ハムノン軍団も総動員して決戦したらイイじゃない。
「全軍、ただちにエレギオンに戻る。敵の追撃を警戒して・・・」
さっと退却した。それなりに伏兵も置いといたけど、ドーベル将軍は追撃して来なかった。やっぱり狙いはエレギオン軍の兵力削減だったと思ったわ。エレギオンに戻ってから、
「ユッキー、やっぱりドーベル将軍は手強いよ。まともにやったら勝てそうな気がせえへん」
「あら知恵の女神が弱気ねぇ。でも、今回のコトリの判断は支持するわ。ドーベル将軍と決戦するならエレギオン全軍が動員できる体制でやるべきだもの」
ここからもうちょっと頑張ってドーベル将軍の情報をかき集めたの。出自は王族なんだけど、セリム一世の先代の孫ってところ。アングマールでは魔王がセリム一世に入り込んでから、セリム一世系の王族以外は冷遇されちゃったんだけど、ドーベル将軍はその手腕と才能であの地位に就いたで良さそう。
ここでなんだけど、ドーベル将軍はアングマール軍の兵士からも信望厚い名将だけど、超が付くぐらいの独裁国家なのよね。そりゃ、王が魔王だから。武神は覇権を目指すのがサガみたいなもんだけど、同時に嫉妬深いのよ。別に武神じゃなくてもそうなることが多いんだけど、自分の地を脅かしそうな人物はすぐに疑うし、すぐに殺しちゃうところがあるの。
そういう風な目で見れば、前の包囲戦でたったアングマール直属軍を十個大隊しか与えられず、リューオンとベラテの担当に回されたのは、魔王がドーベル将軍を疑ってるところがあるんじゃないかと思うのよ。
「ユッキー、やっぱりドーベル将軍とはまともに戦わない方が良いと思うの。今なら災厄の呪いも使えると思うから、女神の戦術で戦うべきだと考えるわ」
「とりあえず二人でやってみようか」
災厄呪いの効果は微妙やった。どうも魔王も女神がその手を使うと予想していたからアングマールまで戻らず、マウサルムにいるぐらいかもしれない。マウサルムからハマぐらいまでなら、魔王は災厄の呪いを封じる力がありそうと判断せざるを得なかったの。
「クソ魔王も読んでたみたいね」
「そうね。しっかし、あれだけエロなのに、どうしてこんなところまで頭が回るのか不思議で仕方がないわ」
そこでユッキーと知恵を絞って、次なる手段に出たの。ドーベル将軍は一度は動いたものの、以後は動かなくなったの。あれはたぶんコトリがあっさり決戦を回避しちゃったから、やっても無駄って判断したからじゃないかと見ている。でも、それだけじゃないとも読んでるの。
あの時の動きはドーベル将軍の独断じゃないかって。だって、魔王の指示ならその後も継続して動くはずじゃない。おそらく魔王の指示は次の攻勢に出るまで、ハマをしっかり確保することに違いないって。つまりは魔王とドーベル将軍の間には、ちょっとした齟齬があるに違いないって観測。
さてなんだけど、緊張が残っていても自然休戦状態になると人は動き出すの。商人たちはハマまで行って商売するのよね。あれにはいつもながら感心するわ。なかにはマウサルムまで行ったのまでいるんだもの。だから情報が入るってのもあるけど、なんにも協定が無い状態だからもちろんトラブルも起る訳よ。
だから仮初めでも臨時休戦協定を結ぼうとドーベル将軍に提案したの。どっちも本気で休戦する気なんてないんだけど、商人が動けば物が手に入りやすくなるし、相手の動静の情報も手に入るし、スパイだって送り込みやすくなるってところ。その辺の損得勘定を計算したのか、ドーベル将軍も応じてくれたわ。
そうしておいて、ドーベル将軍にちょこちょこと御機嫌伺いの使者を出すようにしたの。表向きは、臨時休戦協定を結んでも起るトラブルの相談みたいな感じ。ひたすた下手に出てプレゼントとかも贈ったし、幕僚にも賄賂をたんまりと。えへへへ、やったのはそれだけ。結果から言えばバッチリ効果はあったみたい。
「単純だけど、やっぱり引っかかったね」
「あの手の国なら起ると思ってた」
アングマールってコチコチの軍事国家じゃない。言い換えれば軍人が支配する国になるの。でなんだけど、これは軍人じゃなくてもそうなるんだけど、人って組織内の出世が好きなんだよね。これはエレギオンの王位争いや、大臣争いでも起るぐらい。軍事国家なら軍人の階級争いになるかな。
階級争いも下の方ならモチベーションになるけど、将軍クラスになると足の引っ張り合いになりやすいの。将軍クラスになると上の席が空かないと出世できないし。だから何かスキャンダルが起れば、必ず焚きつける奴が出てくるの。讒言ってやつ。これもトップがちゃんとした目を持ってればよいのだけど、魔王もその辺の猜疑心が強いに違いないから、これまでの経緯や、妙に厚すぎる人望に疑念を抱くと思ったの。
「更迭されちゃったね」
「できたら会戦で決着つけたかったけど、これは全面戦争だからね」
手強い、手強いドーベル将軍はこれでいなくなってくれた。
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