対騎馬戦術

 アングマールの代替わりの混乱のためか休戦期間は五年に及んでくれた。この間に不本意やったけどエレギオンも軍事国家にかなり変貌していったわ。そうしないとアングマールに勝てる見込みはないと思ったの。コトリの導入したレジョン戦術はエレギオンだけでなく、エルグ平原の都市にも普及させた。いや強引に押し付けた。


 五年の間に兵もトコトン訓練させたけど、士官養成も必死でやった。士官養成所には見込みのありそうな者は有無を言わせず叩き込んだ。馬の繁殖と騎馬兵の養成もバリバリの国家事業となったの。国民はよく耐えてくれたと思う。国民のスローガンは、


『ゲラスの雪辱を果たし、ラーラ様の無念を晴らす』


 この頃のコトリの顔はおっそろしく怖かったみたい。ユッキーの顔は前から怖いんだけど、ニコニコしてフォロー役が多かったコトリがニコリともしないから、前にも立ってられへんぐらい怖かったみたい。もう会議の時なんてピリピリで、少しでも計画が遅れるとユッキーだけでなく、コトリも猛烈に不機嫌になるから震え上がってた。


 コトリは重装歩兵だけでなく散兵部隊の戦術研究にも取り組んでた。アングマールは主力の重装歩兵部隊も強かったけど、補助兵種の散兵部隊も強かった。ゲラスの敗因の主要部分の一つといって良いと思う。この辺は考え方を単純化するけど、重装歩兵戦が膠着状態になった時に会戦の勝敗のカギを握るのは散兵戦なのよ。アングマールはそれを良く知っていて散兵部隊も強力だったけど、エレギオンは数だけいてもあくまでも補助兵種扱いだったで良いと思う。


 会戦の勝ち方は色々あるけど、一つのカギが重装歩兵隊の側面ないし背後に回ること。これはファランクス程ではないにしろレジョンでも弱点なのは同じ。重装歩兵隊が背後に回り込んだら、もう圧勝パターンだけど、そうはなかなかならないから、他の兵種を回り込ませる、これもぶっちゃけ騎馬隊を回り込ませるが重要だと見ているわ。


 ゲラスの時もアングマール軍の騎馬隊はそれを目指していたと思うの。あの時はエレギオン騎馬隊が優勢に展開してくれてそうはならなかったけど、騎馬隊の基本戦術はそこのはずなの。でもね、敵の騎馬隊を味方の騎馬隊で迎撃するのは避けたいの。騎馬隊を騎馬戦で消耗させるのは得策じゃない気がしてる。とにかく騎馬隊は補充に時間がかかるのよねぇ。歩兵の補充も大変だけど桁違いに手間がかかるってところ。


 そうなると騎馬隊を散兵部隊で食い止め、撃退する戦術が求められんだけど、騎馬対歩兵やったら騎馬がやっぱり有利。そりゃ、騎馬は早いし、馬が迫って来ただけで怖くて崩れちゃうのもわかるのよ。馬に蹴られただけで死んじゃうものね。


 ただね、馬って臆病な動物なのよ。これは馬が大きくなっても同じ。エレギオンの馬術も、エレギオンなりに上達してるんだけど、あれこれやらせてみると、障害物があると踏みつぶしたり、飛び越えたりするより、その前で立ち止まる傾向があるのがわかったの。というか、飛び越えさせる訓練や、飛び越えさせる馬術を身に付ける方が大変ってところ。


 騎馬対歩兵で騎馬が有利なのは、騎馬がその速度を利用しているところだと思うの。ダッーと走って来て切りつけたり、槍で刺したりみたいなところ。でも、騎馬も立ち止まるとムチャクチャには強くなくなるの。歩兵と一対一なら騎馬有利だろうけど、歩兵で取り囲めばなんとかなるってぐらいかな。


 そうなると対騎馬隊戦術として、馬の突進を食い止める点になってくるのよ。走って来るのを食い止めて、その後にワラワラと取り囲んで討ち取っちゃうぐらいの感じ。これは次にやってみないとわかんないけど、アングマールの騎馬隊もそんなに多くなさそうと見て良いと思ってる。


 問題は騎馬隊の突撃をどうやって食い止めるかになってくるのよね。柵も考えたんだけど、戦場は広いのよこれが。もちろんどこで戦うかで条件は変わるけど、戦場を覆い尽くすような柵を設置するのは無理があるし、だいたいそんな柵があるところに騎馬隊が突撃すはずも無しって感じ。コトリだってさせないもの。


 あれこれ考えた末にやはり柵が必要って結論になったんだけど、テストする時に悲鳴があがったわ。


「次座の女神様、いくらなんでも」

「我らに慈悲をお与えください」

「死にたくない」


 コトリが考えた柵とは人の柵。人なら高さがあるし、どこでも自由に置けるし、人の柵ならアングマールの騎馬隊は突っ込んでくるだろうって計算。でも兵はそりゃ、怖がった。でも勝つためには必要だから無理やりやらせた。効果は十分だった。やはり馬は人の柵の前で立ち止まってくれた。大怪我したのもいたけど、止まるのは止まったの。


 後は人の柵の便利さで取り囲んで討ち取ってしまう算段。だから馬対策の散兵部隊には長い槍を持たせた。馬を突く手もあるんだけど、暴れ馬になっても困るし、相手の馬を戦利品として手に入れたかったからやらせなかった。それぐらい馬は貴重だったの。騎馬隊対策の訓練は大変だったけど、思いっきり怖い顔をしてひたすらやらせたわ。


 これでアングマールの騎馬隊を散兵部隊で阻止撃滅できると大きいのよ。ゲラスの頃に較べるとエレギオン兵も強くなってると思うし、弓部隊も充実させたからこれも効果があると思うけど、白兵戦に持ち込まれるとヤバイと思ってる。でも、アングマールの騎馬隊を壊滅させた後にエレギオン騎馬隊を突撃させたら、今度は騎馬対散兵で絶対有利じゃない。アングマールの散兵部隊を騎馬隊で蹴散らして側面から背面攻撃に移れると考えてる。


 散兵部隊にはさらに強化というか改良も加えてる。散兵部隊の主要兵器は投槍なんだけど、あれって二、三本ぐらいしか持って行かないのよね。それも自前だったの。だから最初に投げちゃうと終わっちゃうの。ゲラスのエレギオン同盟軍がそうだった。だから支給に変えた。ゴッソリ運んでいくことにしたの。そうしたら投げ終わっても、取りに帰ればまた投げられる寸法。もちろん矢だってゴッソリ持ってく。


 それだけじゃなくて、兵力自体も増やした。これはエルグ平原諸国にもレジョンやらせたんだけど、やっぱり無理があったの。これはやむを得ない部分もあったと思ってる。だから純散兵部隊として参加してもらうことにした。『純』って変な言い方だけど、レジョンでは散兵部隊は前面で戦った後に重装歩兵第一列の後ろに並ぶんだけど、そんな芸当は期待しないの。最初から左右両翼に固定って感じ。



 軍団の編成は二個軍団までは完成したの。今は三個目の編成中。騎馬隊はなんとか目標の三百を越えて五百に達しそう。まず出来た軍団はマウサルムのマシュダ将軍のところに派遣して、マシュダ将軍の率いた兵を中心に第二軍団を編成した手順ぐらい。騎馬隊は特別だから、随時投入って考えてる。


 ここまで五年間で漕ぎ着けたけど、いつ休戦状態を破るかが問題ってところになってる。これについてはユッキーと相談を重ねてる。まず一番の問題はアングマール軍が全体でどれだけいるかの推測やってん。


「コトリ、とりあえずクラナリスに一個軍団はいると見て良さそう」

「ラウレリアにも、それなりにいるとみて良いと思う」

「後はわかんないな。たぶん山岳三都市とズダン要塞で一個軍団ぐらいはいそうな気がする」

「これに本国軍が加わるとなれば四個軍団ぐらいが相手になるとか」


 ズダン要塞や山岳三都市を抑えられてしまっているから、アングマールの情報が入りにくいのよね。だから推測を重ねないと仕方ないんだけど、


「でもユッキー、相手は四個軍団で済むやろか」

「なんとも言えないけど、今回の休戦状態でアングマールの弱点が一つだけ見えた気がするの」

「そりゃ、嬉しいけど、どこ?」

「魔王が兵を動員できるのは従属国だけじゃないかと思うの」


 魔王のやり方は強権主義でもあり恐怖主義であると見て良さそう。従属国はおおよそアングマールの近くにあった都市だけど、事実上のアングマール直轄領になっていると見て良さそう。これが首都アングマールを加えて五都市ある。


「だったら五都市分の動員がアングマール軍のすべてとか」

「だってコトリもやったからわかると思うけど、レジョンをそう簡単に叩き込めないと思うのよ。前の時だって、ズダン要塞かカレムあたりに後詰の一個軍団ぐらいいたかもしれないけど、実質はイートスからラウレリアに進んだのと、クラナリスからゲラスに進んだ二個軍団だけだったじゃない」

「でも五都市にフル動員かければ・・・」

「対エレギオン戦のためにそうしてると思うけど、全軍団がズダン峠を越えられないはずよ。隷属国が大人しくしてないと思うの」


 アングマール王の隷属国への扱いは苛烈の一言で説明できると思うわ。隷属の『隷』は奴隷の『隷』と同じぐらい。クラナリスやラウレリアがどうなってるかの情報はそれなりに入って来るけど、重税なんて甘いものじゃなくて強奪みたいに軍費を搾り取るし、ちょっとでも逆らえば容赦なく殺される。


 かなり頑張って最後まで抵抗したラウレリアなんて三分の一ぐらい殺されたんじゃないかと言われてる。若い女は例の魔王のエロ処刑のためにかなりアングマールに連れ去られたらしい。


「アングマールは従属五都市の他に隷属国を十五都市以上は持ってるけど、少しでも機会があれば反乱を起こすと見て良いと思うの。王の代替わりなんてチャンスだから、次々に起った反乱を鎮圧するのに五年かかったと見るべきだと考えてる」

「そうなると・・・」

「コトリ、これはあくまでも推測よ。アングマール軍が仮に六個軍団持ってるとするでしょ。そのうち二個ないし三個軍団はズダン峠の南側に対エレギオン戦用に貼りついてるわけじゃない」

「じゃあ、アングマール本国には三~四個軍団ぐらい、いることになるね」

「アングマールの隷属国は広い範囲に点在してるから、これの反乱を鎮圧するにはちょっとした遠征が必要ぐらい。そしてここが肝心なのだけど、遠征で本国をカラッポに出来ないの。常に一個から二個軍団ぐらいは常駐しておく必要があるのが自然だわ」

「そうなるとアングマール軍がエレギオンに投入できる兵力は目一杯でも五個軍団程度が限界ってこと」

「現実的には前回と同じ三個軍団で、さらに前面に立ってくるのは二個軍団ぐらいの可能性はあるわ」


 たしかにここまで漏れ聞く情報では、アングマール王が信用を置いているのは初期に制圧した従属五都市ぐらいで、それから以降に占領した都市にはまったく信用を置いていないと見て良さそう。軍費や食糧の調達には使うけど、兵力として組み込む発想は乏しいとしか言いようがないものね。


「この推測も蓋を開けてみないとわかんないけどね」

「そうだね。でもその推測が当たってくれないと厳しすぎるわ。だって、あんなに強いアングマール軍が十個軍団もなだれ込んで来たら、絶対勝てないもの。エレギオンは五年間頑張ってやっと三個軍団になるかならないか程度だもの」


 ここでユッキーが少し考え込んで、


「いくつか相談があるんだけど、これは明日にしたい」

「珍しいね、ユッキーが後回しにするなんて」

「ちょっと考えがまとまらなくてね。じゃあ、おやすみ」

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