第7章【その首に王手をかけろ】
月が落ちたことで、アンダーグラウンドの街にはたくさんの月の欠片が落ちていた。
欠片によって店が押し潰されて、その惨劇に悲鳴を上げている人や、ぶつくさと文句を垂れながら月の欠片を掃除している人がそこかしこで見受けられる。それらを横目に、ユーシアたちは知り合いの店へ向かっていた。
小さな月の欠片を踏み砕きながら、リヴが「あーあ」などと呆れたように言う。
「シア先輩が月なんて落とすから、ここら一帯が地獄じゃないですか」
「いやー、だって落とせるとは思わなかったしねぇ」
月を落とした張本人であるユーシアは、まるで他人事のようにヘラヘラと笑う。
まさか弾丸一発で、空に浮かぶ天体が落とせるとは誰が思うだろうか。ユーシアだって、まさか本当に落ちるとは思っていなかったのだ。
「あ、ここだ」
見覚えのある店の前までやってくると、首のない男の死体が大の字で地面に伸びていた。切断面からは鮮血がゆっくりと流れ落ちていて、死んでいるのは明らかに分かる。
ユーシアは「多分これかな」と呟くと、
「ネアちゃん、この人の腕に首を抱っこさせてあげて」
「うん」
首を抱きかかえていたネアは、寝転がる男の胸の上に首を乗せてやる。転がらないように腕を使って上手く抱かせてやると、
「あー、やっと戻ってきた。首だけ持ってかれちゃうから焦ったわ」
何故か、男の首が喋った。
「喋ったぁ!?」
「いあ、いあ、はすたあ、はすたあ」
「じょーぶつしてぇ!!」
「リヴさん、二度目ですけど邪神召喚の呪文を唱えるのはやめましょうよ」
唐突に目を開いて流暢な言葉を喋り始めた首に驚き、ユーシアは純白の対物狙撃銃を構え、リヴは邪神召喚の呪文を唱え、ネアはスノウリリィにしがみつき、そしてスノウリリィはリヴに静かなるツッコミを入れていた。
すると、今まで大の字になった状態で動かなかった男の腕が持ち上がり、胸の上に置かれている首をぐわし!! と掴む。それから何事もなかったかのように上体を起こすと、切られた首を接合させた。
「うわ、なんか破片がそこかしこに落ちてんだけど……窓でも割れた?」
それが当然だとばかりに復活を果たした男――ユーリは、周囲に散らばっている月の欠片を見て首を傾げる。「でも窓は割れてねえよなァ」などと呟くあたり、ユーシアが月を落としたことは知らないらしい。
震える指で普通に動いて生きているユーリを示したユーシアは、
「なんで生きてるの!!」
「職業柄、死者蘇生薬は必須なんだよ。頭のイカれた【OD】に殺されることなんかザラにある。そういう時の為に蘇生薬は飲んでおくのが常識って奴だ」
起き上がったユーリは、それが当然であるとばかりの堂々とした口調でそんなことを言う。蘇生薬まであるとは驚いた。
「ただし死体の損壊率は三割未満に限る。三割を過ぎると、蘇生できねえけどな」
「……蘇生にも色々と制約があるんだね」
「そりゃあもう、色々と厳しいよ。――いやァ、首を切られただけでよかった」
首を切られただけ、という単語が出てくる一般人はいない。やはり魔法使いの弟子なだけあるのだろうか。
ユーリは「まずは掃除かなァ」などと呟き、店の奥に一度戻っていく。掃除道具でも持ってくるつもりなのだろう。
彼の背中を追いかけて、ユーシアも店の中に足を踏み入れる。やや荒れた状態の店内で「うわ、ここも掃除かよ」と嘆く知り合いの男に、彼は一つの質問を投げかけていた。
「なあ、アリスの【OD】って知ってる?」
「知ってるもなにも、最強の【OD】って有名だよな。最強だけど頭がおかしい奴だから、あんまり相手にしたくねえ。オレもそうだし、他の同業者も何度も殺されてるしな」
床に散らばった絵本を拾いながら、ユーリは答える。
ユーシアは腕の中の純白の対物狙撃銃を確認しながら、
「俺、その【OD】を殺したいんだ。情報をくれないかな?」
「……正気か、お前?」
ユーリは怪訝な表情で振り返る。彼は絵本を本棚に戻しながら、
「アリスの【OD】には誰も勝てねえ。なにせあの【OD】は近接最強だなんて二つ名も出回ってるぐらいだ。死にたくないならやめとけ、関わるな」
「殺したいんだ」
ユーシアは純白の対物狙撃銃をユーリに突きつけて、清々しいほどの笑みを浮かべた。
今のユーリは蘇生薬を飲んでいない状態だ。この状態でユーシアが引き金を引けば、今度こそユーリの命はここで潰えることとなる。
そんな状況を分かっているからこそ、ユーリは仕方がなさそうに肩を竦めた。
「お前がなんでそこまであの【OD】にお熱なのか分からねえが、あいつの居場所は
「エンパイアタワー?」
「中央区画にあるだろ、めちゃくちゃでかくて高い塔が。あれがエンパイアタワーで、その最上階があいつの根城だよ」
絵本を全て棚に戻し終わったユーリは、店の奥へと引っ込んでいく。数秒と置かずに箒を持ってきた彼は、
「で、本気でその【OD】を殺すつもりなのか?」
「殺すよ」
ユーシアは平然と、それが当たり前のような口調で答える。
「ようやく見つけた。そして今日、ようやくアリスからも許しが得られた。殺しにきてくれって言われたんだ、だから殺しに行くよ絶対に殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してやるんだ!!」
「はいはい、どうどう」
早口で願望を叫ぶユーシアを宥め、ユーリは「まあ、いいんじゃねえの」と投げやりに言う。
「お前の熱意はよく分かったよ。だから頑張れ。オレには応援するぐらいしかできない」
「……教えてくれて、ありがとうね」
早口で願望を捲し立てていた時から落ち着いたようで、ユーシアはお礼を述べて店から出ようとする。
退店しようとするユーシアを引き止めるように、ユーリが「待てよ、ユーシア」と呼びかけた。
「死ぬなよ。お得意様が死ぬのは、こっちとしても寝覚が悪い」
「……さあね」
ユーシアはユーリへと振り返り、微笑みながらこう言った。
「分かんないや」
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