小話【これが本当の昼ドラ】

「あ、あの!!」


 少年は一世一代の告白をしていた。

 たまたま歩いていて、一目惚れをした相手に。

 断られるかもしれない、という恐怖心もあった。それでも告白することを選んだ少年は、自分の選択を後悔していない。


「好きです、一目惚れです、僕と付き合ってください!!」


 一世一代の告白の相手は、金髪だった。

 ついでに無精髭を生やしていた。

 砂色の外套を羽織り、禁止されているはずの歩き煙草をし、ライフルケースを抱えていた。

 少年の告白に翡翠ひすい色の瞳を見開いた相手は、ユーシア・レゾナントールという名前の男だった。


「え、やだ」


 ☆


「――てことがあってさぁ。あ、スノウリリィちゃん。洗剤ってこれでよかった?」

「あ、はい。ありがとうございます。――いえそうではなく!?」


 銀髪碧眼のメイド――スノウリリィに頼まれていた洗剤を渡したユーシアは、ライフルケースを引きずりながら古びたソファにどっかりと腰かける。ついでに「よっこらせっと」なんて言ってしまう。完全におじさんである。

 一方でスノウリリィは、ユーシアから渡された洗剤を片手にわなわなと震えていた。別に怒っている訳でも、渡された洗剤が思っていた商品と違っていたという訳ではない。ユーシアがサラッと流した、少年の告白を断った話だ。


「ユーシアさん、男性から告白を受けたんですか!?」

「うん、そうだけど」

「そしてお断りしたんですか!?」

「うん、そうだけど……何でそんなに驚いてるの?」


 なんか過剰に反応しているスノウリリィにいぶかしげな視線をくれるユーシア。別に告白を断っただけなのだが、この反応は一体何なんだろうか。

 洗剤を手にしたままわなわなと震えていた銀髪メイドは、


「だって男性からですよ!?」

「そうだね」

「ユーシアさんも男性ですよね!?」

「そうだね」

「おかしくないですか!?」

「おかしいから断ってきたのに、何でそんな興奮してるの。少し落ち着きなよ」


 興奮状態のスノウリリィにドン引きするユーシアは、直後に「ただいまぁ」「ただいま戻りました」と二つの声を聞いた。

 帰ってきたのは黒い雨合羽レインコートを着た黒髪の青年と、白いワンピースを纏った金髪の少女である。なにやらスノウリリィが騒がしくしているので、二人揃って仲良く首を傾げていた。


「どうしたんですか、銀髪馬鹿メイド。盛りですか」

「私は犬猫の類ではありませんよ!?」


 スノウリリィが真っ黒てるてる坊主に向かって叫ぶ。

 黒髪の青年――リヴ・オーリオは「はいはい」と適当にあしらって、金髪の少女の背中を洗面所へ押し出した。


「ネアちゃん、家に帰ってきたら手洗いうがいをしましょうね。あんな盛りのついたメイドに近づく必要はありませんよ」

「さかりってなーに?」


 金髪の少女――ネア・ムーンリバーはリヴを見上げて問いかける。


「ネアちゃんがもう少し大きくなったらご説明しますよ。今はちょっとリリィには近づかないようにしましょう、食べられます」

「たべちゃうの? おなかへってるの?」

「そうですよ。頭からむしゃむしゃ食べられてしまうので、注意してくださいね」


 ネアはリヴの言葉を信じて、何故か楽しそうに「きゃー、たべられちゃうー」などと叫びながらドタバタと洗面所へ駆け込んだ。

 彼女の背中を見送ってから、リヴは「さて」と興奮状態のスノウリリィに振り返る。その手にはいつのまにか小さなナイフが握り込まれていて、室内の蛍光灯の明かりを受けて鈍く輝いている。


「どこを切られたいですか? うるさい口から裂きますか?」

「ま、まずは話を聞いてください!!」


 殺意をみなぎらせるリヴに、スノウリリィが待ったをかけた。

 仕方がないとばかりにため息を吐いたリヴは、ナイフをしまいながら「手短にお願いします」と言う。それらを傍観していたユーシアは、面倒臭いことが起こりそうな予感を察知した。


「ユーシアさんが男性の方に告白をされたらしいです」

「……へえ」

「お、驚かないんですか?」

「そういう趣味の人間がいるのは理解していますし、かくいう僕の前の職場にも同じような趣味の同僚がいましたよ。多少は理解しているつもりですが、世間知らずの田舎娘には少しばかり早い話題だったようですね」

「世間知らずの田舎娘って私のことですか!?」


 別の意味で興奮するスノウリリィに、リヴは「はいはい、どうどう」と適当な感じでなだめる。それから彼はくるぅり、とユーシアへ振り返ると、


「……で、どこの馬の骨がシア先輩に告白してきたんですか? 殺してきますので、身体的特徴と名前を教えてもらってもいいです?」

「いやいや、何でたかが告白ぐらいでそんな殺気立つ必要があるの。リヴ君も落ち着こう?」


 スノウリリィほどではないが、リヴも冷静な判断ができないようだった。そんなにユーシアに対して告白というのが珍しいのか。

 すると、洗面所から手を洗い終えたネアが戻ってくる。彼女はユーシアの隣にちょこんと腰かけると、


「おにーちゃん、はいこれ。おてがみだよ」

「はい、今日も郵便屋さんご苦労様です」

「ごくろーさまですっ」


 むふん、と自信満々に胸を張るネアの頭を、ユーシアは優しく撫でてやる。

 彼女から受け取った手紙は、どれもこれも簡素な封筒に入っていた。きちんと『ユーシア・レゾナントール様』とあるが、筆跡はバラバラ。差出人も違う名前が多いが、どれもこれも男性の名前である。

 

 ユーシアはげんなりとしながら、試しに一通だけ手紙を開けてみることにした。


「……一目惚れです。貴方のことが好きになりました。ゲームルバークの中央広場に薔薇の花束を持って待っています、と」

「こくはくだね」

「そうだね。熱烈な告白だね」


 ユーシアは手紙をくしゃくしゃに丸めると、ポイとゴミ箱に投げ入れる。見事に手紙はゴミ箱の中に収まり、その調子でユーシアは次々と手紙を読まずに捨てていく。

 最近、こういうことが多いのだ。

 いや、最近じゃなくてもこういうことが多いのだ。

 昔から男に告白されたり、言い寄られたりすることが多かったが、ここ最近になってから随分とその数も増えた気がする。ユーシアの趣味は真っ当な女性なのだが、どうしてこうなった。


「なんでか昔から、女の子よりも男の子に告白される回数の方が多いんだよね。もう髭の生えたおじさんなのにさ。告白してくる相手には、俺って一体どういう風に映ってるの?」

「きらきら!」

「んん?」


 訳の分からないネアの表現に、ユーシアは首を傾げる。

 彼女は身を乗り出して、自分の意見を主張してきた。


「こくはくするひとは、おにーちゃんをきらきらしたひとっておもってるよ! だってすきなんだもん!」


 夢見るピーターパンらしい意見に、ユーシアもちょっとだけ納得してしまいそうになる。「そっかぁ」と頷くと、


「うーん、じゃあ一人だけでも会ってみて直接お断りしてきた方がいいかなぁ」

「ダメです」


 よっこらせ、とソファから立ち上がったユーシアを、リヴが再び押し戻す。

 珍しくユーシアのやることを阻止してきたリヴを見上げると、彼は真面目な顔で言ってきた。


「シア先輩は僕のなんで、ダメです。誰にも渡さないので」


 ポカンとするユーシアをよそに、リヴは「中央広場ですね。薔薇の花束という特徴もありますか……分かりました殺してきます」と部屋を飛び出していった。

 おそらく彼は、という意味を込めて言ったのだろう。

 しかし、肝心の部分が抜けているので、


「あ、あの、お幸せに……?」

「おにーちゃんとりっちゃん、らぶらぶ?」

「違うからね!? 相棒って意味だからね!? あーもう何でリヴ君は出かけちゃったの!!」


 ネアとスノウリリィから興味津々といった視線を一身に受けたユーシアは、部屋を飛び出していった自由奔放なロリコン暗殺者へ密かに呪詛を送った。

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