第9章【彼女たちの戦いには、巻き込まれないように】

 さて。

 屋敷が広すぎてザッツァ・クロイツェフの居室を探すことに苦労したが、ようやくユーシアとリヴはそれらしい部屋の扉を見つけることができた。

 磨き抜かれた木製の観音開き式扉の前に立ち、リヴはユーシアに目配せをしてくる。「扉を開けてもいいか?」というお伺いではなく、彼は「どうやって扉を開けますか?」という質問をしてきた。


「うーん、どうしようか?」

「僕のお勧めは借金取りのような感じですかね」

「状況的にも合致してるし、いいんじゃないかな。採用」


 リヴの提案に異を唱えることをせず、即座に採用するユーシア。

 GOサインが出てしまえば、リヴのやることは一つだけだ。彼は扉をコンコンと軽くノックすると、


「すみません、成功報酬の徴収にきました」


 まずは丁寧に一言。

 しかし、扉の向こうから物音一つ聞こえてこない。リヴが扉の表面に耳をそばだて、それから首を一度だけ縦に動かす。「部屋にいる雰囲気はある」ということだろう。

 ユーシアは純白の対物狙撃銃を構えると、


「開けないと撃ちますよ」


 聞こえているのか聞こえていないのか分からない忠告をしてから、ユーシアは扉めがけて引き金を引いた。

【OD】の異能力のせいで人を傷つけることは叶わないが、物体であれば狙撃手としての実力を発揮できる。しかも扉を射抜くなど、適当に狙いを定めてもぶち抜くことが可能な大きい的である。外すことなどあり得ない。

 純白の対物狙撃銃から銃弾が射出され、防御力など皆無な薄い扉を簡単に射抜く。扉の向こうから「ひッ」と押し殺したような悲鳴が聞こえてきたので、部屋にいるのは間違いないだろう。


「さて、リヴ君」

「了解です」


 コクリと頷いたリヴは、今度は扉を拳でドンドンと殴りつけた。ドドドドドドドドドド、と何度も何度も扉を叩いて、部屋の主人へ恐怖心を植えつける。


「成功報酬を払ってくださいよ払うもん払ってから死んでくださいよ払えないですか払えないなら仕方ないですねアンタのでっぷりした腹を引き裂いてモツを売るしかないですね?」


 口調が丁寧なので、恐怖心もさらに倍増である。

 まるで壊れた人形の如く機械的にドカドカと扉を叩き、合いの手を入れるように「金を出せ成功報酬を払え払わなければお前の腹ワタ引きずり出してやる」と繰り返せば、とうとう部屋の主人の恐怖が限界値に到達した。


「や、やめ、やめろ!! やめてくれぇ!! か、金なら払う払えばいいんだろう!!」


 震えた男の声が、扉の向こうから叩きつけられる。

 リヴが「どうします?」と問いを投げてきたので、ユーシアが代わりに扉を開けることにした。

 観音開き式の扉を押し開けると、ギィと蝶番が軋む音と共に豪華な部屋が目の前に広がる。部屋の主人であるザッツァ・クロイツェフは、天蓋てんがい付きのベッドの影に隠れて、ガタガタと震えていた。病院に行った方がいいのではないかと思うぐらいに、顔も真っ青である。

 ザッツァ・クロイツェフは相手がユーシアとリヴであることを確認すると、安堵したような表情を見せる。それから「おい!!」と怒声を上げながら立ち上がり、悪党相手に華麗な手のひら返しを見せた。


「ふざけたことを言うな!! 仕事を失敗しておいて、報酬だけぶん取るつもりか!!」

「いやー、凄いねぇ。俺たちに口答えをするとか、さすが性根が腐ってると言われてるだけあるよ」


 ユーシアは軽い調子で笑うと、純白の対物狙撃銃を構える。その銃口を向けられただけで、ザッツァ・クロイツェフは「ひぃッ」と悲鳴を上げて大人しくなった。


「死にたいのだったらいいよ。永遠に覚めない眠りをご所望かな?」

「あ、あぁ……」


 相手が本気であることを察知したザッツァは、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

 すると、ベッドの脇からピンク色の何かが飛び出してくる。勢いよく飛び出してきたそれは座り込んだザッツァを守るように立ち塞がり、ユーシアとリヴを相手に威嚇してくる。


「ちょっと、ダーリンをこれ以上虐めないでよ!! 可哀想じゃん!!」

「あ、いつか見たアバズレちゃんだ。今までヨロシクやってたってこと?」

「話す訳ないじゃん!? 馬鹿なの!?」


 ピンク髪の少女――ライア・キャットが吠える。

 とはいえ、ただの少女に用事はない。ユーシアは対物狙撃銃を構えたまま、この世の誰よりも殺人鬼な頼もしい相棒に言う。


「殺しちゃおっか」

「賛成です」


 誰よりも強い殺意に身を任せたリヴは、ナイフを構えてライアに突撃していく。そうしてピンク髪の少女は凶刃きょうじんに晒され、死んでしまうのだ。

 予定調和のように、ライアの喉笛が一瞬で裂かれて鮮血を噴き出す。「ライア!!」とザッツァが叫ぶ。

 ぐらり、とライアの体が傾ぎ、床の上に倒れ込む。一瞬でその命を散らした哀れな少女だが、リヴは怪訝な表情で血に濡れたナイフを見つめていた。


「どうしたの、リヴ君」

「いや……なんか切った感覚がないんですよね。確かにこの泥棒猫は死んだはずなのに」


 ライア・キャットという少女の死体は、変わらず晒されたままだ。それなのに、切った感覚がないとは?

 すると、どこからともなく聞き覚えのある少女の声が批判の言葉を紡ぐ。


「ちょっとちょっと、酷くない? 容赦なく殺すとか鬼ですか?」


 ライア・キャットの死体が、何故か自然と起き上がる。

 今まで寝ていましたけど何か、とばかりにむくりと上体を起こした少女は、服にべっとりとついてしまった自分の鮮血を目の当たりにして「きゃー!?」と悲鳴を上げる。


「ちょっと!! どうしてくれるのぉ!? これダーリンから買ってもらった服なのに、信じらんない!!」


 ヒステリックに見当違いなことを叫ぶライアに、ユーシアとリヴは「ああ」と納得した。

 こんな非現実的な真似ができる人物など、この世にただ一人しかいない。


「アンタも【OD】なんですね」

「そうよ? そうでもしなきゃ、ダーリンをあのババアから略奪できないでしょ?」


 あっけらかんと言い放つライアは、ぴょんと立ち上がる。それから血に濡れたピンク髪を手で払って、フンと形のいい鼻を鳴らした。


「あたしはチェシャ猫の【OD】よ。死を偽装できるんだから」


 自慢げに言うライアに、ユーシアは「なるほど」と納得したような素振りで、


「つまり死んでも死なないってことか」

「や、それはちょっと違うかな。あたしが『うわこれマジで死んじゃうかも!!』って思った時に、あたしのチェシャ猫の異能力は自動的に発動しちゃうもん」


 つまり先程の出来事で考えれば。

 リヴが振るったナイフは確実に殺意が込められていた。ライアがリヴによって殺されてしまうことを認識すると、ライアの異能力である『死の偽装』が発動してしまう――。

 なんとも面倒な相手である。性格的にも、能力的にも。


「ふふーん、おじさんたちはもう詰みだもんね。強盗殺人で警察に逮捕されちゃおう!!」


 ライアは意気揚々と携帯電話を取り出して「いち、いち、きゅーっと」と間違った番号を押して通報しようとしたが、


「――ここにいたんですね、泥棒猫」


 次の瞬間、室内に強烈な冷気の爆発が巻き起こる。

 ユーシアは本能的に「あ、これ逃げなきゃ本格的にまずい」と察知した。リヴも同じようで、逃げ道を確保しようと部屋中に視線を彷徨わせる。

 床が凍りつく。

 ザッツァ・クロイツェフの蒼白だった顔面が、もはや青紫色に変わった。それほど、ユーシアとリヴの背後からやってきた人物はまずい相手だった。


「案内ありがとうございます。おかげで泥棒猫も見つけられましたし、あの人も見つけられました」


 冷気の中心にいる雪の女王が、穏やかな笑みを浮かべてザッツァ・クロイツェフの前に立つ。

 逃げ出そうとするザッツァを見越して床を氷漬けにし、つるつると滑らせて動きを阻害するという狡猾こうかつな行動を見せた雪の女王は、笑顔を保ったまま言った。


「さあ、あなた。こんなところに引きこもっていないで、帰りましょうか」

「――ちょっとちょっとちょっと、なに勝手にダーリンを連れて行こうとしてるの?」


 ライアがザッツァと雪の女王の間に割り込んで、不機嫌そうに唇を尖らせる。


「ダーリンはあたしのなんだけど」

「私はこれの家内です。亭主がお世話になりました、この泥棒猫」


 部屋の空気が凍りついたのを感じた。

 ユーシアとリヴはゆっくりと部屋から退出し、キャットファイトが始まる直前の部屋からそそくさと逃げ出す。巻き込まれるのなんて御免である。

 部屋から逃げ出したその時、冷気の大爆発が巻き起こった。北極並みに室内の気温は下がっているだろうが、ザッツァを助ける気もライアをどうにかする気も毛頭なかった。


「うん、もうまとめて殺しちゃおう!! リヴ君、今回は出番ないけどいいかな!?」

「異論はないです、あのアバズレとも殺しちゃってください」


 部屋から逃げ出した二人は、もう面倒なのでザッツァも雪の女王もライアも殺すことに決めた。

 視認されなければいいのだから、この戦場はユーシアの独壇場である。

 ――今こそ、白い死神ヴァイス・トートが復活する時なのだ。

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