第6章【決戦直前】
屋敷の中にも人が増えてきた。
拳銃を持つ西部劇からやってきたかのようなコスプレをする男や扇情的なドレスを身に
談話室の片隅で待機しているユーシアとリヴは、増えてきた同業者を遠目に観察しながら、
「あのコスプレしてる人、恥ずかしくないのかな。振る舞い方もそうしてるみたいだから、見ていて痛々しいよ」
「そうですね、殺しましょうか」
「殺意が強いなぁ」
いつも通りのリヴの反応に、ユーシアは苦笑する。
すると、西部劇のコスプレをする男が拳銃をくるくると回しながら、何故かユーシアとリヴの方へやってきた。憎たらしいちょび髭とニヤニヤとした笑みを浮かべているので、ユーシアは思わず白い対物狙撃銃を構えそうになった。
「やあやあ、キミたちも今回の護衛任務に呼ばれたのかね?」
「はあ……まあ……」
飛びかかろうとするリヴを押し留めながら、ユーシアが愛想笑いで応じる。こんな時でも愛想笑いができるとは、意外と対人スキルは
西部劇のコスプレをする男は頭に乗せたテンガロンハットを人差し指で押し上げ、ニッと白い歯を輝かせて笑いかけてくる。やはりちょっとムカついた。このまま飛びかかろうとするリヴを押さえ込むのもやめようかと、一瞬だけ考える。
「オレはダニエル・マーティン。ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女の【OD】さ」
「ああ、そう。どうもよろしくねぇ」
「キミたちも【OD】だろう? なんの異能力が発現したのか教えてほしいものだね。ちなみにオレは相手をお菓子に変える能力でね、この能力は――」
「お前さん、その鬱陶しい口を閉じないと永遠に眠らせるよ」
ユーシアとて我慢できない時があるのだ。今がその時である。
鬱陶しい口調で喋る西部劇の男は「ガーン」などと言いながら肩を落とすが、やはり【DOF】に手を出しただけあるのか、そこまで落ち込んでいる様子はなかった。
「ダニエル。一体なにをお喋りしてるのさ」
「おお、麗しの白雪姫。ご機嫌よう」
「殴るよ」
「相変わらず恐ろしいね!?」
次に近寄ってきたのは、派手な赤いドレスを身に
女はフンとつまらなさそうに鼻を鳴らすと、
「なんだか疲れ切ってるように見えるけど、本当に大丈夫なんだろうねぇ?」
「なにが?」
「アンタが後方支援なんだろう。呼ばれた傭兵組の中じゃ、唯一のまともな後方支援だって
そんなことを彼女は言うが、ユーシアは別に同業者を支援するつもりなど毛頭ない。むしろ背後から狙ってやろうかとばかりの勢いであるが、本音を飲み込んで「あはは」と愛想笑いで誤魔化した。
「まあ、せいぜい頑張りなよ。外したりしたら承知しないからね」
「あははは。俺は後ろから狙ったりしないよ、俺は」
最後の言葉だけを強調して、ユーシアはあえてリヴを解放する。
自由を得たリヴは、先程から忌々しげに睨みつけていた西部劇の男に飛びかかると、その顔面にラリアットをぶちかました。
テンガロンハットが吹き飛び、西部劇の男は高級絨毯が敷かれた床に倒れ込む。「ほげえ」と間抜けな声を上げる彼へ、さらにリヴは馬乗りになって男のスカした顔面を殴る殴る殴る殴る殴る。
凶悪な真っ黒てるてる坊主による暴力の嵐に抵抗できず、男は顔面をボコボコに腫らすこととなった。
「うるっさいですね、さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃと」
ヌゥ、と。
ゆっくりと顔を持ち上げたリヴは、目深に被った
「殺しますか殺しましょうかええそうですねまずはウォーミングアップで殺しましょう全員殺してそうすれば敵はいなくなる訳ですから殺して殺して殺しますか?」
今まで殺意を抑え込んでいた分、ユーシアに許可を出された瞬間に爆発したようだった。【DOF】の大量摂取の影響により世界中の人間が敵に見えるリヴにとって、ユーシア以外の他人などいてもいなくてもどちらでも構わないのだ。
【DOF】を摂取していないのに、何故か狂ったような言動をするリヴに、誰もが恐怖心を抱いた。赤いドレスの女は顔を引き
「ちょ、ちょっとアンタ、アンタの連れって頭がおかしいんじゃないのかい!?」
「【OD】にまともな人間がいると思ってる? それこそ頭がおかしいとは思わない?」
ユーシアは異常を訴えかけてきた赤いドレスの女に、笑顔で応じた。
頭のおかしな薬に手を出した時点で、すでに頭おかしいのだ。自分のことを棚に上げるなど、それこそ頭がおかしいだろう。随分と愉快な思考回路を有した連中である、脳内がお花畑なのだろうか。
ユーシアもリヴも、自分たちの頭がおかしいのは百も承知だ。自分はまだまともだと語っているうちは、たとえ【OD】であろうと悪党の風上にすら置けない。
「……連れも連れなら、アンタもアンタだね。背中を預けるのが不安になってきたよ」
「ご心配しなくても、仕事はちゃんとやるよ。狙撃手なのに、手元が狂うようになったら終わりだ」
足元に置いたライフルケースを一瞥し、ユーシアは言う。
「もし俺の手元が狂うようになったその時は、死んだ方がいいんだよ」
☆
「時間です。ご準備をお願いします」
――夜になって、とうとう仕事の時間がやってきた。
談話室でたむろしていた傭兵たちに、
明確に前衛と後衛が分かれているので、リヴとはここで一度離れることになる。全員に無線機が用意されているので、ユーシアは所定の位置に到着すると無線機の電源をつけた。
ザザ、という
『どうしました?』
「思ったよりも寂しくてね。後衛が一人しかいないってどういうことなんだろう」
屋敷の二階にある一室が、ユーシアの所定の位置だった。ベッドと
後衛に回される人員は他にもいて、様々な箇所に配置されているのかとユーシアは推測する。おそらくだが、後衛はバラバラに配置した方が効率がいいのだろう。
『こっちは人が多すぎて騒がしいぐらいです。そっちに行きたいぐらいですね』
「俺も正直なところ、きてほしいぐらいだよ。リヴ君以外の前衛を補助するのなんて――」
軍隊にいた時以来だ、という言葉を飲み込んだ。
別に言い出しにくい訳ではない。リヴはユーシアが『
言葉を飲み込んだ理由は、外からだ。
「リヴ君」
『なんです?』
「今すぐ前線を退いて、隠れて」
『なにかあったんですか?』
「ちょっとばかり、まずいお客さんだ」
ユーシアは対物狙撃銃の照準器を覗き込み、外を観察する。
開け放たれた窓からは、ひやりとした冷気が流れ込んできた。真冬ではないかと思うぐらいの冷たさに顔を
冷気の中心にいるのは、銀色の長い髪を揺らす女だった。薄青のドレスを
「ザッツァ・クロイツェフは、一体どんな相手に喧嘩を売ったの……」
ユーシアは対物狙撃銃の引き金に指をかけ、馬鹿正直に玄関から突撃しようとする女を狙う。
すると、ユーシアがいる場所とは違う場所から銃声が響いた。タァーン、という長い長い銃声が、星明かりが塗り潰された紺碧の空に消えていく。誰かが発砲したのだろう。
「…………」
聞こえたのは銃声だけで、しずしずと歩いている女は傷一つない。倒れる様子すらない。聞こえてきた銃声に首を傾げて、また歩き始めた。
ユーシアは女に照準を合わせながら、
「撃つなら外してんじゃないよ、下手くそ」
こちとら狙撃銃だけで数多の戦果を残してきた元軍人である。外すなど絶対にあり得ない。
息を殺し、ユーシアは狙撃対象に狙いを定めて引き金を引く。極力抑えられた銃声がタァン、と夜空に消えていき、銃弾が真っ直ぐ女めがけて飛んでいく。狙いはバッチリ、側頭部を射抜いて終了だ。
ユーシアの弾丸は誰も傷つけず、現に今も標的の女を守るように幼い少女が斜線上に入り込んできた。幻想の少女に当たれば、殺傷力は削ぎ落とされる。
それなのに。
「えッ」
ユーシアは驚愕する。
弾丸が飛んでいった女を守るように、氷の壁が展開したのだ。氷の壁が銃弾を受け止め、弾丸は地面にポトリと落ちてしまう。
一撃で殺せなかった。
その恐怖を、ユーシアは誰よりも理解している。
「やばッ」
急いで対物狙撃銃を抱えて、ライフルケースを拾い上げると同時に、窓から氷柱が飛び込んできた。
間一髪で氷柱を回避したユーシアは、慌てて狙撃ポイントを変えることにする。
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