ドラッグ・オン・フェアリーテイル【overdose】
山下愁
Ⅰ:ピーターパンは星屑の夢を見る
序章【それは家族に逢える魔法の薬】
不思議なことに、その薬を飲めば死んでしまった家族に逢えた。
一粒を水によって流し込み、少しだけ時間をおけば、遠くの方から足音が聞こえてくる。とたとた、という小さな足音はやがて大きくなり、腰にかすかな衝撃を伝えてきた。
「おにいちゃん」
甘く高い子供の声で、呼ばれる。
腰に抱きついてきたのは、一〇歳にも満たない幼い少女だった。艶やかな金色の髪に白い花飾りをつけて、緑色のワンピースが目に眩しい。輝かんばかりの笑顔を浮かべてこちらを見上げる少女の、なんと愛おしいことか。
そっと手を伸ばして、少女の頭を撫でてやる。彼女は猫のように瞳を細めて手のひらの暖かさを享受しているようで、もっと撫でてと甘えるように頭を押しつけてくる。本当に可愛いものだ。
実際には血が繋がっていない家族であるが、これほど兄と慕ってくれるとは思わなかった。父も母も、自分を息子同然に接してくれた。戦争孤児で、路頭に迷っていた自分を助けてくれて、二人の間に娘が生まれても我が子と同様の愛情を注いでくれた。彼女も兄がいるのは当然だとばかりに接してきて、血の繋がりとかどうでもよくなってきた。
「なんだい、エリーゼ」
「えへへ、呼んだだけ」
少女は嬉しそうに笑い、それから言う。
「ねえ、おにいちゃん」
どろり、と。
少女の愛らしい顔の半分が、唐突に溶解する。顔面に劇薬をぶち撒けられたかのように溶けて顔に、全身の血の気が引いていく。
「なんで、たすけてくれなかったの?」
それは、非難の言葉。
水をかけられた砂の城のように、少女の姿が瓦解する。すり潰されて、粉々にされて、その愛らしい姿さえも消え失せて、残ったのは鮮血と桃色の脂肪と脈打つ内臓と粉末状にされた骨とそれからそれから。
――彼女の頭に飾られていた、純白の花飾りが血の海に沈む。
「――――あああああああああああッ!!」
そこには、もう平和の一片すらなかった。
惨劇。
家財は倒され、壁は壊され、扉は意味をなさず、生きている者はない。父も母も死に、幼い妹である少女も無惨な死を遂げた。原形すら残らなかった少女の遺体を前に、自分は自我さえ保つことができなかった。
愚かな、愚かな、愚かな、愚かな。
少女が大好きだった花飾りを血の海からすくい上げて、抱きしめて泣き叫ぶ。喉よ裂けよとばかりの、家中に響き渡る
その時、カタンという音を聞いた。ギシ、という足音も。
泣き叫ぶことをやめ、振り返る。千切れた扉の向こうから、青いワンピースの裾が覗く。鼻歌交じりにやってきたのは、
「――あははッ」
壊れたように嗤う、青いワンピースで金色の髪を持つ
薬を使うたびに、幻覚が責めてくる。
どうして家族を救えなかったのか、と。愚かな自分には生きている資格すらないのだと。
這い寄る呪詛から耳を塞いで、それでもと前に進むのは、ひとえに引き裂くように笑ったあの少女に復讐する為だ。
「――ありす、ありす、ああアリス。お前を殺すよ。たとえお前に殺されたとしても、俺はお前を殺すよ」
幼い妹の幻影は掻き消され、すり替わるようにあの青いワンピースの少女が笑いかける。
彼女に向かって白銀の対物狙撃銃を突きつけ、迷わず引き金を引いて殺した。
何度も、何度でも。
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