2016年【隼人】25 約束という免罪符を言い訳に
「久我遥ってさ、なんつーのワガママじゃんか。だから、嫌いなんだよ」
「ワガママ? そうかな」
「学校みたいに集団生活するなら、多数派が大正義みたいなところあるじゃん。あいつは、それが通じない。空気を読んだら間違ってることもしなきゃいけないときって、あるだろ。でも、久我は信念みたいなのを曲げない」
「そこが嫌う理由なら理解に苦しむな。むしろ、そこが魅力だとオレは思う。だいたい、それだと真面目ってだけで、ワガママとはちがうんじゃねぇか」
「あいつがいつも正しいんなら、真面目な優等生だけどな。でも、そうじゃない。大多数を占めてるおれらのほうが正しいときもある。ほら、なんだったか。ばかでかい鳥を見たとかいったときとか、そうだ。あんなのどう考えても目立ちたいだけの嘘だろ」
「いや、それも嘘だって証明できてないはずだろ。いつも遥は正しいと思うし」
「そうやって、どんなときも浅倉は味方になってたよな。ずっと同じクラスだったおれから言わせてもらったら、ブレない二人が手を組むから厄介でかなわんかったぞ」
「まぁ確かに。敵に回った遥は厄介かもな。一対一の口喧嘩で勝ったことオレもないや」
「意外だな。お前ら夫婦でも喧嘩することあるんだな。いつも、いちゃこらしてるもんだと思ってたんだが」
「別にいちゃこらとはしてねぇけどな」
事実を述べたつもりだったが、有沢に机を叩かれた。
「のろけやがってからに。そもそも、浅倉にAVなんていらんだろ。嫁を抱けばいいだけじゃないのか? これは、プレイのための研究資料的なものか? あ?」
「嫁って、遥のことだよな?」
「ほかに誰かいるのか?」
「だよな。あいつがいなくなったら、もう誰も嫁になんてなってくれねぇよな」
「どうした、いままさに夫婦喧嘩の最中なのか?」
夫婦と揶揄されるのは、よくあることだった。
相合傘を書かれて、からかわれたことも一度や二度ではない。
それをまんざらでもないと思っていたのは、隼人だけだったのかもしれない。
「悪いけど、オレと遥は付き合ってる訳じゃないからさ」
「なんだ? あんなことしておいて、責任をとらないのは、どうかと思うぞ。もしかして、その手前の関係を楽しんでるとかいうんじゃねーだろうな」
「そうだな。楽しんでたのかもしんねぇな。きちんと進展させてたら、あるいは」
「なんかあったのか?」
遥をイジメていた有沢と、隼人はぶつかりあうことが多かった。
敵としての有沢を隼人は誰よりも知っている。大多数の意見に流されるだけの奴ではない。
思考しない奴らに意見を与えて、先導できる知恵がある。考えなしのバカとは、決してちがう。
「有沢、誰にも言わないって約束できるか?」
「言う相手がいないから安心しろ。おれ友達少ないから」
「つるんでるのいっぱいいるだろ? 嘘つきは信用できないぞ、まったく」
「でも、つるんでる三井がやられて、お前に祝いの品を持ってきた時点で、察しろよ。言っとくが、おれはエロDVDを他の奴には貸したことねーからな。だって、かえってこない気がするし」
コンビニ袋の中のアダルトビデオは、有沢のおススメ品という話だった。
隼人にならば特別に貸してもいいと思っている。有沢も友情を深めようと歩み寄ってくれている。
「じゃあ、オレのほうも察してくれよ。他にいう友達がいないってことを」
有沢から奪った煙草を隼人は握ったままだった。
手の中で遊ばせていた大人の嗜好品を、隼人はくわえる。
カッコつけて悪ぶってみないと言葉にできそうにない。酒があったら、一気飲みでもしたい気分だ。
でも、ないから素面でなけなしの勇気を振り絞る。
「遥が告白されたらしい」
言葉にして、認めた。
それだけのことで、鳥肌が立つ。
昨日の遥との最低な夜が、頭の中によみがえる。
更に記憶はさかのぼる。
何度も告白しようとして、出来なかった不甲斐ない自分の十四年間。
チャンスはいくらでもあった。誰よりもあったはずだ。
それを活かせなかったから、いまへこんでいる。
いつだって『あの時の約束』という免罪符を言い訳にしてきたのだから。
「そんな、強力な一発をいきなりぶちこんでくるなよな」
隼人が発したひとことだけで、有沢は苛立っている。
彼が握っているジッポに描かれている贔屓のスポーツチームが負けたときにも、ここまで怒りを表に出さないだろう。
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