20 忘却の記憶を取り戻せ!
第1話
菊瑠が持ってきたお茶を「ズズーッ」と飲み干して、美虹に降りたいざなみが語り終えた。
「酷いヤツだな。いざなぎという男は」
「ほんまやな。振り返って叫んで逃げ出すやなんて」
「本当にいざなみ様はおかわいそうです」
『そうでしょ? そうでしょ? なのに、いざなぎ様はその後一度も黄泉には来なかったのですよ! ていうことは平坂にはいなかったって事なのです!』
「来なかったのではなく、来れなかったのだ。平坂を天つ神に侵略されて、いざなぎは平坂から高天原に連れていかれて処刑されたのだからな」
「うわ、無残やな」
「それはそれで酷い話だが、唯一の守りである鵺を殺したのだから仕方ないのかもしれん」
「わしがおればいざなみも連れ戻せたろうし、いざなぎも無駄に殺されなかったのだが、もう何千年も昔の話だ」
「しかし、わかったことがある。いざなぎがなぜ眠りの淵にいたか……父ちゃんが眠りの淵に行く術法を使って、再び黄泉に赴いたのだ。いざなみに何か言いたかったのかもしれん」
いざなぎが目を丸くした。
『いざなぎ様が眠りの淵に? では迎えに行かなくちゃいけませんわね。やっと、お会いできるのだわ』
「でも、いざなみは腐っとるんやないの?」
凜理がそれを聞いて安堵する。
『失礼ですわね! 黄泉ではちゃんと元の姿ですわ』
「ならまた逃げられることあらへんな」
『今度こそ逃がしませんわ』
ふふんといざなみが鼻をならした。
「女は怖い……」
ぼそっと満夜がつぶやいた。
「女子は一途なんです! 怖くないです」
「そうやで、満夜。今ここにいる全女子を敵にするようなことはいわんほうがええで」
「それより! おまえたちは知りたくないか?」
いきなり満夜が話をそらした。
「なんやの?」
「くくりひめが伝えた言葉だ」
『そうですわね〜。いざなぎ様からの伝言、ほんとに聞こえなかったんですの。いざなぎ様が直接わたくしに教えてくださっていれば良かったのに!』
「そこでだ! くくりひめである白山くんが思い出す手伝いをするというのはどうだ!? このままいざなみの愚痴を聞くより建設的だ」
『わたくしの愚痴が非建設的だというの!?』
「そうではないか。風化していてもおかしくない過去の話だぞ! いい加減恨み節はやめるのだ。それに、いざなぎも今は眠りの淵にいるのだから、いつでも迎えに行けるだろうが!」
『だって〜、眠りの淵には連れていってもらわねばならないんですもの。わたくしは肉体も黄泉に行ってしまっているから、わたくしだけの力では眠りの淵までたどり着けないんですの』
「むぅ……。ではだれかがまた眠りの淵に行く必要があると言うことだな。だが、褒美はくくりひめの言葉を聞き出してからではないか?」
「それより、伝言したいざなぎ自身から聞けばええんとちゃうん?」
『そうですわ。それならば、一石二鳥ですもの』
「待ってください!」
黙っていた菊瑠が声を上げた。
「くくりひめは黄泉にいないと言うことは、彼女もいざなぎと一緒に高天原に連れていかれたと言うことですか?」
「せやな。もし平坂で死んでたら、黄泉におるいざなみのところに戻っとるはずやな」
『くくりひめちゃんはさっさと生まれ変わって、今は菊瑠ちゃんの魂の中で眠っていますわ』
「美虹さんがいざなみみたいに口寄せできたらええんやけどなぁ」
『美虹はわたくしとの繋がりはありますけど、くくりひめちゃんとは繋がりがありませんから、菊瑠ちゃんが目覚めるしかないですわ』
「うむぅ……どうすれば目覚めるのだ? 霊感を高める方法を探すしかないのか……」
満夜が腕を組んで考え始めた。
「そういえば、満夜は幽体離脱できるんやったよね? 同じように白山さんも幽体離脱できるようになったらくくりひめと交信できるとかあらへんの?」
「オレの幽体離脱は日々の鍛錬のたまものだ。そう簡単に会得できるものではないぞ!」
満夜が自分の特技を簡単にできるものだと決めつけられて、少しムキになって言い返した。
「そんなに怒らんでもええやんか。そないいうんやったら、満夜には他のアイデアがあるのん?」
その場にいる一同が頭を抱えた。鵺だけが我関せずといった様子でテーブルに置かれた茶菓子を食っている。
「鵺、良いアイデアはないのか?」
わらをもすがる思いで、満夜が鵺を見やった。
最中をもしゃもしゃと頬張りながら、鵺が器用に前足で湯飲みを掴んで冷めた茶を図ずっと飲み干す。
「口の中に最中の皮がひっついて食べにくい」
「最中はどうでも良いのだ。キサマなら良いアイデアを持っているのではないのか」
鵺が二個目の餅最中を食いながら、さらりと言ってのける。
「なくもない」
「二重で否定するな。あるならあると言え」
「あるが、簡単ではないというておるのだ」
「簡単ではないとはどういうことだ」
「その娘の魂に接触するには、だれかの魂が娘の意識の中に入り込まねばならぬ。へたをすると、一生娘の中から出られなくなるのだ」
「めっちゃ危険やないの」
「わたしの中にもう一人入り込むって事ですかぁ〜!?」
『あら、わたくしが手伝えば簡単ではないですの』
満夜と凜理、菊瑠がギュンと音がしそうな勢いで美虹を振り返った。
『みなさま、わたくしを誰だと思っているのです? 黄泉のいざなみですわよ。人を仮死状態にしてしまうなど簡単ですわ……ただし』
「ただし?」
満夜がつばを飲んだ。
『そのまま眠りの淵までわたくしの意識も連れていっていただくことが条件ですわ』
いざなみが何を言いたいかなんとなくわかった。
いざなみは一人犠牲を出して、いざなぎのもとに行きたいのだ。
『さぁ、どうします?』
「その条件はのめない」
満夜が悔しそうに答えた。本当ならいざなみの助けが欲しいところだが、そうすればいざなみの意識を持った人間が死んでしまうことになるからだ。
「別の方法を探そう。オカルト研究部員が死ぬなどあってはならない」
「満夜にしては英断や」
『後悔なさっても知りませんわよ』
「芦屋先輩には他に良いアイデアはないんですか?」
「ぬうう……ない……」
「わしにはあるぞ」
鵺がしれっと四つ目の餅最中を食いながらのたまった。
「なんやの?」
「わしがおれば、黄泉にも眠りの淵にも好きにいける。ただし、黄泉の入り口でならな」
「まじか!」
満夜が叫んだ。
「では、今すぐ準備しよう!」
「いやだ」
鵺がクソ意地悪い顔をして断った。
「はぁ!? 自分がいればと言ったばかりではないか!」
「御神酒十本と餅最中五十個で助けてやろう」
「ぐうう」
満夜が苦々しい顔をしてうめいた。
「できぬなら、誰ぞ犠牲にしていくが良い」
「ひ、卑怯者が……」
「酒と菓子で助けてやるのだ、安いものだろうが」
「満夜、うちの貯金も出すし、こうなったら四の五の言わずに助けてもらお?」
「芦屋先輩、わたしもお小遣いをだします!」
「ぬう……悔しいが、命には替えられん。お年玉貯金を崩すか……」
「では、さっさと準備にかかれい」
「いやしい獣めが!」
「好きにいえ。ふっふっふ、当分神酒と菓子には困らぬな」
かごの中に盛った最中を全て食べ終えた鵺が満足そうにげっぷをした。
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