17 閑話休題 お化け屋敷で恐怖せよ!

第1話

 平坂山の紅葉の赤が目に眩しい季節になった頃、平坂高校の学園祭が開催される。十一月の連休を外れるのは中学校、大学の学園祭に考慮した結果らしい。

 学園祭と言うだけあって、文系理系入り乱れてのお祭りだ。平坂高校の生徒たちも一年に一度のこの日を楽しみに準備をしている。

 部活の催し物とは別に、クラス別の催しがおこなわれるのも生徒たちがさらに盛り上がる理由だ。部活をしていない生徒たちによるクラス別の催しは、他の生徒の楽しみでもあるのだ。


「納得できん……!」


 今日も今日とてオカルト研究部認可の申請をしたが、許可が下りなかった満夜が眉間にしわを寄せて職員室から出てきた。


「部員が三人もいれば、怪異を研究するには十分だというのに!」

「最低五人からて毎回言われとるのに、三人で押し通そうとするからやで」

「特別部員を入れると四人……いや五人だ!」

「まさか八橋先生もはいっとるんの?」

「当たり前だ!」

「大学生と大学助教授は数には入らん思うけどなぁ……」


 凜理は呆れたようにため息をついた。


「この数ヶ月の実績をようやく明るみにするときが来たはずなのに、残念だ!」

「むしろ隠したほうがええ実績やないん?」

「平坂町の危機を誰も知らずにいるというのは非常に危険でもあるのだ」

「でもへんに危機感をあおっても誰も信じんのとちゃうのん? むしろこの間満夜が言ってた狼少年になるんちゃう?」

「ぬうう……」


 満夜は悔しげに口をつぐんだ。


「そうや、最近鵺と一緒やないん?」

「あいつは学校にこれんから、単独行動だ」

「一人で行動して危なくないんやろか」

「自分で勝手に単独行動をしているのだ。自己責任だ」


 と言いつつも首回りを気にしている。鵺のもふもふがかなり温かかったせいだろう。


「部活が認めてもらえんかったんやし、ここはクラスの催しに参加したらええで」

「ふむ、いたしかたなかろう」


 満夜と凜理は別のクラスなので催しが一緒になることはない。一年に二度、体育祭と学園祭のときだけ二人は別行動になる、貴重な時間だと凜理は考えた。


「うちのクラス、どんな催しになるんやろか……満夜のクラスはもう決まったんか?」

「オレのところはメイド喫茶になりそうだ。男は執事だそうだ」

「うちのクラスは今日決めんねん」

「他のクラスの催しと重なると悲惨だからな。メイド喫茶はやめとけ」

「わかった」


 二人はそれぞれのクラスに戻り、ホームルームの時間を迎えた。




 黒板には他のクラスと重ならないような催しの候補が書かれていく。けれど、あまりアイデアが出ないまま、飯屋かミニゲームかお化け屋敷のいずれかに収まりそうな感じだ。

 飯屋は認可が必要と教師に注意されて却下。

 ミニゲームとお化け屋敷、どちらに決めるか、投票で決定しようと言うことになった。

 ただし、ミニゲームの景品を作成する負担が女子に偏っていたため、圧倒的勝利でお化け屋敷に決まった。


「満夜が喜びそうな催しやな……満夜、うらやましがるかいな」


 お化け役の配役に凜理は、なぜかねこむすめに抜擢された。男子がミニスカート! と何やら興奮している。次々にトイレの花子さん、口裂け女、走る人体解剖人形など、オーソドックスな役が決まっていった。とにかく凝ろうと男子が言い出して、小道具係も決まった。


「うちがねこむすめか……満夜が首を突っ込んで来んかったらええけど……」


 そこはかとなく不安を抱きつつも、学園祭に対する興奮が凜理の胸に湧き上がってきた。今年の学園祭は思い切り楽しむぞとワクワクしたのだった。




 ほぼ毎日恒例のオカルト研究部部会のために、すっかりなじみになった用具室に、満夜と凜理、菊瑠の三人が集まった。


「おまえのところはお化け屋敷か。ふふん、子供だましだな。オレならば悪魔召喚の術法を見せてやるがな。もちろん召喚されるのは本物の化け物だ」

「高校生の催しくらいに本気で悔しがらんでもええやん」

「悔しがってなどおらん!」

「そうや、白山さんとこはなんになったん?」

「私のクラスはもふもふ喫茶です」

「もふもふ喫茶?」

「みんなで着ぐるみを着るんですよ」

「「着ぐるみ」」

「わたしはアライグマです」

「「アライグマ」」

「斬新だな……」

「クラスの催しに参加するのは初めてなので、とっても楽しみなんですよ〜」


 これ以上聞くと、涙なくしては聞けない内容になりそうだったので、凜理は質問するのはやめた。


「そういえば、芦屋先輩、もふもふちゃんは今日はオウチですか?」

「うむ。どこにいるかはわからんが、最近は学校についてくるとは言わんな」

「さびしいですねぇ」

「オレは清々せいせいしている」

「まぁ、隠すの大変やったもんな」

「しかもオレの弁当を食いやがるしな」

「そこか!」


 鵺が付いてくるようになってから毎日校舎の裏で昼ご飯をとるのだが、そこでいつも弁当攻防戦が繰り広げられるのを見ている凜理は、納得しつつも突っ込まざるをえなかった。


「もふもふちゃんが食べたいものをたくさん作ってきてたんですけどねぇ」


 菊瑠が感慨深げにつぶやいた。

 確かにお重で毎日弁当を作って持ってきてくれるのだが、鵺の食欲は半端なく、それでも足りずに満夜の弁当を狙うのだ。


「家ではどないしてん」

「家でも同じだ。あいつがいるとエンゲル係数がぐいぐい上がっていくぞ」

「やろな」

「あいつはそこら辺の草でも食っていれば良いのだ!」

「そういうわけにはいかんやろ」

「見た目レッサーパンダなのだから問題なかろう」

「確かになぁ……」

「さて、残念な知らせがある」


 急に満夜が改まっていった。


「なんやの」

「どうしたんですか?」

「明日から学園祭の準備で部会は開けん。当分部会は休みだ。それと!」

「部会は休みなんは楽でええわ」

「愚か者め。オカルト研究を学校の催しによって潰されるほどもったいないことはないのだ!」

「で、それとってなんやの?」

「うむ……八橋先生が」

「八橋先生がどないしてん。退院できたん?」

「昏睡状態だ。発掘は滞りなく進んでいるが、先生の容態だけよくならん」


 満夜と八橋は協力関係もあって、しょっちゅう八橋の見舞いに行っているようだった。


「心配やな……命に別状はないのん?」

「ないらしいが、原因はやはり不明とのことだ」

「そうかぁ……」

「今度、みんなでお見舞いに行きましょう!」


 菊瑠が拳を握った。


「もふもふちゃんを連れていったら目が覚めるかもしれませんよ!」

「白山くん、病院は不潔な獣は連れていってはいかんのだ」

「もふもふちゃんは不潔じゃないです! お日様の匂いがします!」

「お日様の匂いだろうが畜舎の臭いだろうが、獣は獣なのだ」


 菊瑠は「がーん」という顔をして黙った。


「そういえば、美虹くんの様子はどうだ?」


 十月終わり、満夜がいざなぎではないことを告げられた美虹はショックで三日ほど寝込んだ。

 満夜にプレゼントしたセーターを返せとは言わなかったが、あれ以降満夜にまとわりつくことはなくなったので、満夜も安心している。


「まぁまぁですねぇ……調子は悪いみたいですけど」

「あれほど信じていたのだ。いざなみもショックだろう」

「次こそは! とか言ってます」

「いざなぎも難儀だ……しかし、オレにはもう関係なぁいっ!」


 いっそすがすがしい満夜の笑顔だった。

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