第4話

「芦屋くーん」


 まだ外で声がする。


「まだだ! これを動かしてから……」

「おい」


 いきなり耳元で声がした。


「わっ!」


 満夜は驚いて移植ごてから手を放した途端、ドサドサッと重たいものが次々に落ちていく音がして、あっという間に真っ暗になった。


「な!?」

「おーい」


 耳元で確かに声がする。

 満夜は夜目が利くようになった目で周囲を見回した。けれどそこには誰もいない。満夜が一人きりで、遺構の真ん中に尻餅をついているだけだった。


「おーい」


 呼び声は地面から響いてきていた。


「しまった! 敵の術中に嵌まってしまったぞ」


 満夜は慌てて小石から離れて、埋まってしまった出入り口へ向かった。


 ——おーい。


 なおも声は追いかけてくる。

 旧に辺りが生暖かくなり、魚が腐ったような臭いがしてきた。

 満夜は腐臭に顔をしかめて、悪臭の発信源を探した。

 ひゅうひゅうと風の音がし始めて、どこから吹く風だと耳を澄ませると、小石のほうからその風は吹いてきていた。


 ——キリキリキリ……。


 何かきしむ音がする。

 闇に慣れた目が、小石の下から白い五本の指を持った手が出てくるのを捕らえた。小石を中心にほかにも白いものが土の中から湧き出してくるではないか。

 それは古代人の幽霊で、数え切れないほどの大勢の人間が這い出してくる。この狭い蛇塚の中にこれでもかという数の古代人がひしめき合って、満夜に迫ってきた。


「白い手……まさかこれはヨモツシコメ……やはりあの小石は千曳の岩……推測したとおり小石だったか……だが重たいことは予想してなかった!」


 満夜は悔しそうにつぶやくと、破れかぶれに両手を前に突き出して電流を放った!


 ——バチバチバチッ!!


 青白い稲妻が満夜の手から放たれて幽霊に絡まるが、手応えもなく通り抜けていく。


「くっそ! 幽霊だからか!?」


 そうこうしているうちにも、幽霊は徐々に満夜の逃げ場を奪っていった。

 満夜は何か武器になるものはと手探り、移植ごてを見つけた。


「かくなる上は……! 白い手が本性ならば……」


 移植ごてに電流を流す。こてが白く光り輝き、辺りに光を放った。プラズマが込められた移植ごての光で、幽霊がちりぢりになって消えていく。

 満夜は移植ごてを手に、白い手に向かっていった!

 閃光を放つ移植ごてが左右に光の線を生み出す。横になぎ払われた白い手が二つに寸断された。


 ——ぎいいいいいい!!


 金属がきしむような奇声が蛇塚内部に響いた。

 それと同時に——!

 まばゆいばかりの光が黒く重たい闇を蹴散らした。


「満夜!」

「芦屋先輩!」


 聞き覚えのある声に満夜は勇気づけられて、さらに移植ごてを十文字に切った。

 懐中電灯の明かりと満夜の会心の一撃で、白い手は幽霊と同じようにちりぢりになって消えた。


「大丈夫!?」


 凜理が声を掛けてくる。

 満夜は移植ごてを地面に置くと、そのまま後ずさった。そのとき、手に何かが触れた。不思議に思い拾い上げて、驚いた。


「こ、これは……父ちゃんの呪符……!?」


 なぜこんなところにこんなものがあるのか理解できなかったが、おそらく入り口が崩れたときに見えない場所にあった呪符も一緒に落ちてきたのだろう。

 満夜は呪符をポケットに押し込むと、四つん這いになって穴から這い出した。


「満夜、大丈夫!?」


 凜理が満夜の体にパタパタと手を当てて怪我がないか調べだした。


「芦屋先輩、心配しました〜」


 菊瑠が泣き出しそうな声でへなへなと地面にへたり込んだ。


「おまえ達、部長の危機に駆けつけてくれたのか」

「たまたまや! あんたが危機に陥ったとか全然しらんかったけど、来てみたら入り口が崩れて塞ごうとるし、みんなは満夜が生き埋めになったて騒いどるし」

「薙野先輩がシャベルで土を掘り出したから、みんなで手伝ったんです」


 見れば、そこにいる作業員全員がシャベルや移植ごてを手に立っていた。


「諸君、心配掛けたな。しかしオレは無事だ。大義だったな」

「大義だったやない!」


 怒った凜理が満夜の胸を叩いた。


「心配したんやで! また一人で突っ込んでいったんやと思うた」

「突撃はしてない。出るのが最後になっただけだ」

「やっぱり蛇塚の祟りやろか」

「祟りはもうないとは言いがたいが、あの石の扱いさえ間違えなければ、ヨモツシコメは出てこないだろう。そのためには再び封印を強力にすることだな」


 それを聞いた凜理がきょとんとする。


「封印?」

「これだ」


 ポケットの中から、満夜はあの呪符をとりだした。


「呪符? 満夜が書いたのん?」

「違う。この呪符は父ちゃんの筆跡だ」

「満夜の!?」

「父ちゃんはここに一度入って呪符で何かを封じたのだと思う。しかし、それは完全なものではなくて、そのせいでヨモツシコメの白い手が人をさらっていたのだ」

「おじさんは何を封じてたの」

「おそらくこれは千曳の岩を強固なものにする封じの呪符。黄泉比良坂を封じようとしていたのだ」

「どうしておじさんがそんなことするの」

「それはわからない。どういうことだ……」


 満夜はしばらく土だらけの手で顎をなでさすって考え込んだ。すっかり土まみれになった顔を上げて叫んだ。


「わかったぞ! 父ちゃんはここに千曳の岩があると元々知っていたのだ! そしてそれが黄泉比良坂を封じていることも! 全ての謎は、父ちゃんの日記に記されているかもしれん!」


 よし! と言って満夜は手に持っていた移植ごてを凜理に手渡すと、心配する作業員たちの間を縫って駆けだした。


「ちょ、満夜! どこいくん!?」

「俺は帰る! 後はよろしく頼むぞ!」


 黄昏時の薄暮のなか、あっという間に満夜の背は薄闇に紛れて見えなくなってしまった。


「なんやったん……」

「芦屋先輩、大丈夫でしょうか……?」


 凜理と菊瑠はあっけにとられていたが、顔を見合わせて、深く頷いた。


「満夜の家に行こか」

「そうしましょう!」


 手に持ったシャベルと移植ごてを作業員に手渡して、自分たちも薄闇の中満夜を追いかけたのだった。

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