第3話

***




 身代わり観音堂の前でオカルト研究部会を開くことになり、満夜と凜理は遊歩道を歩いて行った。後ろから菊瑠が息を切らしながら付いてくる。


「白山くん、こんな坂でへばっていてどうするのだ! 体力もオカルト研究の一環だぞ」

「なんでですか?」

「駆けつける、逃げる、全て走らねばならない」

「逃げるも含まれとるんかいな」

「当たり前だ。化け物にいちいち食われていたら切りがない。走って逃げるが勝ちなのだ」


 確かに過去何度全力疾走したかしれない。特に満夜が身代わり観音で願い事をして以降、走る機会がぐんと増えた。


「わかりました」

「りょーかいっ!」


 菊瑠の背後で魅惑的な女子の声が返ってくる。


「オレは美虹くんを呼んだ覚えはないのだが……」


 どことなく警戒している様子で満夜が美虹を見た。


「菊瑠ちゃんから聞いたよ。身代わり観音で願い事をするんだって? それも千曳の岩が欲しいって」

「今日は特に特別部員の出番はないぞ」

「ふーん。わたしが拝み屋さんだって事を忘れてるみたいだね」


 満夜の顔に緊張が走る。


「今日のことを神様に聞いたけど、本当に千曳の岩が欲しいの? それが蛇塚にあるって?」

「そ、そうだ。千曳の岩で千本鳥居のヨモツシコメを封じれば、八束の剣が手に入るのだ」

「それはすごいね! 千曳の岩を手に入れたら、他の封印はいらないんじゃない?」

「どういうことだ?」

「さっき言ってたとおりだよ。ぜひ千曳の岩を手に入れて、平坂町の封印を解いちゃおう」

「いや、封印は解かない。千曳の岩の後にこの銅鏡を」


 満夜がポケットから銅鏡を取りだし、美虹にかざした。銅鏡がほんわかと温かくなった。


「千曳の岩の代わりにするんだね」

「そうだ。というか、ええい! 離れろ!」


 美虹はどさくさ紛れに満夜の腕を取って胸を押しつけてきた。


「ダーリン、会いたかった」


 語尾にハートマークが浮かんでいる。


「離れんか!」


 満夜はたじろいで、美虹に銅鏡をもう一度かざした。温かかった銅鏡が熱を持ち始め、赤く輝きだした!


「銅鏡が!? うぬぅ、さては美虹くん! 君は偽物だな!?」

「何を言ってるの、ダーリン。千曳の岩をどけるんだよね? 手伝うから一緒に蛇塚に行こう」

「きしゃあああああっ!!」


 満夜の肩に乗った鵺まで威嚇音を放った。


「わっぱ! こやつはあの娘ではないぞ!」


 美虹のふわふわとした髪が宙に広がって、青白く輝きだした。誘うように満夜に向かって両手を広げている。


「お姉ちゃん!?」

「ふへぇ、ここだよぉ〜」


 ふいに美虹の姿をした何者かの後ろから、声が返ってきた。

 美虹の姿をした青白い光は次第に薄れ、のれんをくぐるようにして、本物の美虹が現れた。


「運動不足には辛い〜」


 まるで今までのことが嘘のような美虹の様子を見て、みんな疑いの目を美虹に向けた。


「美虹くん……君は本物の美虹くんか?」

「何言ってるんだよ、れっきとした美虹だよ」


 美虹は大きな胸を上下に揺らしながら息をついた。


「ほんとのほんとに、お姉ちゃん? いたたたた」


 菊瑠が自分のほっぺたをつねって美虹を見た。


「どうしたの? みんな」

「さっきまで偽物の美虹さんがここにいたんやで」

「あたしの偽物? うわぁ、見たかったな」

「のれんみたいにくぐってきたぞ」

「いやだ、あたしその偽物を触ったの?」

「せやな」


 その割には美虹はけろっとして笑っている。


「千曳の岩をどかせたい何かが現れたとしか思えん。それにしても、千曳の岩をどけようと計画した矢先にこのような怪異が現れるとは! これは! ドンピシャなのかもしれん!」

「ドンピシャやったら、やめなアカンやん」

「いや、ドンピシャだからこそ、ここは実行すべきだ」

「どういうこと?」

「今まで他の封印を解いてもこんなことは起こらなかった。他の封印を解いていくうちに、重要な封印の力が弱まったのだとしたら……」

「だとしたら?」


 凜理がつばをのんで耳を傾けた。


「その重要な封印が解けるのも時間の問題だ。こうして美虹くんの偽物が現れるくらいだからな。早く封印を解いて欲しいのだろう。ということはだ、蛇塚に千曳の岩があるという確証になる!」

「でも、そやったら、封印を解くのはまずいんちゃうのん」

「オレは、あえて封印を解く!」

「アホかー!」


 凜理が怒鳴った。


「あんた、ほんまにアホちゃうか! 今まさに化け物が封印解けいうて現れたんやで? それは解いたらアカンやつや!」

「うぐぐぐぐぐ!! オレの血が! 真実を見たいと騒いでいるのだ! 今この封印を解かねばならないとオレの気が済まない! 解いたらどうなるのか!? それが知りたい! それに千曳の岩も見てみたいしな!!」

「千曳の岩が見たいだけやんか。それにしても、さっきのはうちが蛇塚で格闘した白山さんのかっこした化け物によう似とったで。なんか関係あるんとちゃう?」

「確かに似ていたのか?」

「うん、あのとき話した白山さんはいつもの白山さんやったで。区別が全然つかへんかった。だから、うちは騙されたんやけどな」

「ふむぅ……人に化けるという昔話や化け物は昔からいたが……例えば、人に化けた蛇が人間の娘を訪れたりとか」

「それはどういう話なん?」

「とある娘の元に夜な夜な美男子が通っていてな、どうしてもどこのだれか知りたくて、帰り際にその男の衣に針を通したのだ。針に付けた糸をたぐっていったら、そこは蛇神が治める山だったという話だ」

「疑わんかったら良かったのに……」

「人は秘密を知ろうとしたがる典型的な話だ。だからオレも蛇塚の秘密を知りたいのだ」

「却下、却下!」


 凜理が満夜に向かって手を振った。


「アカン! 今のを見てて解きたいて思う満夜の神経を疑うわ!」

「ではどうしろというのだ?」

「うーん、うちにはようわからへんけど、最初の案でええんちゃう?」

「先生に発掘させる案か」

「その方が安全や」

「だれが」


 満夜がいぶかしげに聞いた。


「満夜が安全や。あんた一人に危険が迫っとるかもしれへんのに、蛇の穴にあんたが落ちるのを黙って見てられへん」

「ふむ……確かにさっきの化け物はオレ一人だけを誘っていたように思う。思い出しただけで虫唾むしずが走る……」

「それはひどいんちゃうん」

「なに? あたしのかっこした化け物の何に虫唾が走るの?」


 何も知らない美虹が目をキラキラさせてみんなの顔を見回した。


「あ、そうそう。忘れるところだった。満夜くんにプレゼント持ってきたんだ」

「なんだ!?」


 満夜があからさまな態度で警戒した。


「セーター! もうすぐ寒くなるから!」

((そこんとこ!))


 口には出さないがそこにいた全員——菊瑠以外——が美虹に総ツッコミした。

 満夜はいやそうな顔をして、セーターの入った袋を受け取る。

 美虹の重たい愛にさっぱり味が好きな満夜も閉口している様子だ。


「それで、身代わり観音堂に行くんだよね?」

「いや、今日はやめておこう。最初に八橋先生と計画した方法で蛇塚を調査する」

「そうなんだ。ふぅ、じゃあ、またこの遊歩道戻るのかぁ」


 菊瑠ちゃん、足下気をつけてねと言いつつ、自分が「ほわ!?」と声を上げて躓いている。

 結局この日の夕方はこれで解散となった。

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