14 四つ目の銅鏡はどこだ!?

第1話

 放課後、凜理は満夜に頼まれてボストンバッグに鵺を入れ、図書館へ向かった。


「へぇ、そないなことがあったん」

「そうだ。あの石によって死霊が騒いだと言うことは、何か意味があると言うことだ」


 鵺から旧校庭落雷事件の顛末を聞くが、鵺の言葉だけでは要領を得ない。鵺自身が満夜の考えを全て聞いたわけではないことが原因だろう。


「それで意味ってなんやの?」

「それはわしにもわからんが、石を触っただけで死霊が騒ぎ出したのだ。あの石に何かあるに違いあるまい」

「根拠はあるのん?」

「死霊が騒いだことは根拠にはならぬのか」

「それやと、意味がわからへんもん」


 今までいかに満夜が考えをきちんと纏めて凜理にズバリと説明していたか、鵺の言い分を聞いていて思った。


「順序よく何が起こったか説明してくれたらなんやわかることもあるかもしれへんね」

「ふむ」


 凜理が図書館の前に着くとすでに八橋が待っていた。イケメンメガネだけあって目立っている。


「やぁ、凜理ちゃん。レッサーパンダちゃんは?」

「謎解きよりそっちが先かい」

「重要なことだよ。やる気に関わることだからね」

「このなかにおるよ」


 ボストンバッグを八橋に差し出した。


「おのれ、娘。わしをあやつに渡す気か!」

「渡す気かていわれても、最初からそういう約束やったみたいやで?」

「うぬぬぬ。従者ごときがわしを敵に売るとは……またも裏切られた」

「八橋先生は敵やないで。味方やん」

「そうでちゅよ〜」


 八橋が上機嫌でボストンバッグを抱きかかえて、ナイロン越しに鵺の体の感触を楽しみ始めた。傍目からはボストンバッグをチュッチュしているただの変態にしか見えない。


「放せぇ、放さぬか!」


 ぶち切れ寸前の声を上げて鵺が暴れているが、武器でもある蛇尾はボストンバッグの中にあり、いつものように八橋を攻撃できない。


「む、無念……」


 忘我の顔つきで鵺はぐったりと脱力した。

 そこへ、少し遅れて菊瑠が到着した。


「遅れてすみません。委員会があって」

「ええよ。満夜はもっと遅れるし」

「何があったんですか? もしかして校庭にかみなりが落ちたことと関係あるんですか?」

「うん。白山さん、察しがええな。あれは鵺が起こしたゆうてたよ。で、かみなりで石を砕いたんやて」

「え! もふもふちゃんがですか!」


 そういって菊瑠がキョロキョロと辺りを見回す。


「でも、もふもふちゃんはいませんね。芦屋先輩と一緒なんですか?」

「そこや」


 凜理は同情するような顔をしてボストンバッグを抱きかかえている八橋を指さした。


「ボストンバッグの中にもふもふちゃんがいるんですか? きゃあ、わたしも触りたいです!」

「どうぞどうぞ」


 鵺の許可なく、ボストンバッグから引きずり出されずた袋のような鵺を、二人してもふもふと触りだした。


「なぁ、あんたたち、いつまで図書館の前でそうやってるつもりなん? そろそろ中に入って、文献のこととか話さへん?」

「ああ、すっかり時間が経つのも忘れてレッサーパンダちゃんと戯れてたよ」


 再び鵺をボストンバッグに押し込んで、図書館に入り、三人はいつもの席に座った。




 机の上にコピーした文献をざっと広げた八橋が順を追って説明していく。


「まず、この作者は石に触った人間を羅列してる。それよって何が起こったかは書いてないが、その代わり前後で沼にはまる人や動物について書かれている。そして最後に沼についての注意書きが添えられている。ここまでこだわった沼と同じように石に触ったくらいのことを単に書き残すはずがない。で、ボクは石と沼は同列の災難だと仮定した。沼のことは書けるが、石に関しては触った以外のことが書けない理由があったのかもしれない」

「あやつはあの石のことを祟り石というておったが、それと関係があるのか?」

「祟り石かぁ……それも視野に入れよう。今朝、満夜くんに言われて平坂国の国絵図を持ってきたんだけど、確かに平坂高校のある場所に沼がある。ただ、研究室にあった風土記には治水工事などで埋めたてられたという一文も残っていたから、ずいぶん昔から沼だった可能性があるね」

「だから、わしの頃からあの辺りは湖沼地帯であったというたであろう」

「コピーしてきたんだけど、ここ読んで。どうもね、沼が埋め立てられる前、そのそばに小高い丘があったらしいんだけど、埋め立ての際に山を削ったような一文もあったんだよ」


 リュックから八橋がクリアファイルに入れたコピー用紙を取り出し、黄色いマーカーで線を引いた部分を見せてきた。


「グニャグニャした筆文字でわからへんけど、ここにそれが書かれてあるのん?」

「源氏物語の原文みたいですね」

「風土記のほうは公文書だから漢字が使われてるけど、こっちの文献は日記みたいだからひらがなだね。読めなくてもボクが説明するから大丈夫だ」


 そう言って、国絵図を広げてみんなに見せた。


「ホラ、ここがその山ね。で、こっちが例の沼。この辺り一帯は江戸初期には田んぼもなかったんだよ。んで、こっちが三十年後の地図」

「あ、家が建ってる」

「うん、当時の名主の屋敷だね。でもね、こっちを見て」


 もう一枚古地図を広げて同じ場所を指し示す。


「ない! 屋敷がまるごとなくなってもうてるわ」

「そうなんだよ。この土地、何十年かごとに屋敷が建つんだけど、ことごとく次の代にはなくなってて、それについて詳しいことを記している文献がないんだ。それらしいものを探すとなると、この風土記にある、『平坂郷には忌み地ありけり。住むことあたわざりし』という一文しか見当たらないんだ」

「要するに、平坂町には忌み地があって、住むことができなかったってことですか?」

「そうだよ」

「石のことは? 祟り石についてなんやわかったことがあるのん?」

「石については他の文献にあった。鬼石というのがこの辺りにあったらしい」

「「鬼石?」」


 凜理と菊瑠が同時に声を上げた。


「由来はわからないけど、『平坂郷風聞録』という噂話の集大成があるんだ。これに、昔々、平坂の国には鬼が出るという言い伝えがあって、人をよくさらって食っていた。それを仏様が戒めたとあるんだ。で、鬼石に封じ込めたと書いてある」

「鬼石って平坂町のどの辺りにあるんですか?」

「それがね、丘の上の岩屋としか書いてないんだけど、沼に住まいし鬼ってあるから、多分、埋め立てるのに使われた丘に封じたんだと思う」

「じゃあ、文献にあった石は鬼石ってことになるんかな」

「どうだろうね……ただね、この辺り一帯を明治時代に聞き書きして回った好事家がいてね、平坂高校周辺の言い伝えに、沼にはドクロがたくさん埋まっている。雨が降ったらドクロが出てきて人をさらう。だから雨の日は出歩かないことってのがあるんだ。で、石に関してのことも調べたら、やっぱり昔話として、沼に住む鬼を弘法大師が丘の上の大きな岩に封じこめたってあるんだ」

「沼と石が繋がりましたね! 岩だけど」

「八橋先生、その言い伝えはいつ頃やてわかるん?」

「うーん、弘法大師とか役小角とか言うのが出始めると時代が曖昧になってくるけど、多分平安時代くらいじゃないかな。もしもっと古いなら奈良時代以前かもしれないけど、言い伝えって変わるから」

「そうなんや……そうなると文献調べてわかることが限界なんやな」

「うん、そうなんだよ。それで、満夜くん、校庭のそばで石を見つけて、それをレッサーパンダちゃんが砕いたんだよね? それ見られるかなぁ?」

「見られると思うで」

「それ見てみたいんだよねー」

「案内します〜」


 満夜抜きで、石の跡地を見に行くことに決まり、三人と一匹は図書館を出た。

 その頃、満夜は原稿用紙十枚分の反省文を書かせられるハメになり、教室で一人、頭を抱えていた。

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