第6話

「あやつ、どこへ連れていかれたのだ?」


 ボストンバッグがもぞもぞと動いてしゃべった。


「生活指導の先生や。あれはこってり絞られるとちゃうやろか」

「ほう、せいかつしどうか。よくわからぬが、ちょうさなるものに差し障りはないのか?」

「良くて居残りで反省文やろなぁ……」

「ではほうかごの図書館には間に合わぬではないか」

「鵺は満夜と一緒にいたんやろ? 満夜が考えとること、調べたことはしっとるのん?」

「あやつ、林で石を見つけおった。それをほじくり返しておったが……それくらいしかわからぬ。しかし、あの場……ただならぬ妖気が渦巻いておった」


 あの陰湿な林の様子を思い出したのか、鵺が声を潜めた。


「りんりん、何ひとりごといってるの? まーた芦屋に変なことに付き合わされてるわけ?」

「何でもあらへんよ」


 クラスメイトの女子に話しかけられて、凜理は慌ててボストンバッグを机の下に置いた。

 休み時間はすぐに終わり、授業が始まった頃になって満夜が戻ってきた。不機嫌そうな満夜の様子からして、こってりと絞られたのは明白だ。

 昼休みになり、満夜は弁当を食べようとボストンバッグを開いた。


「ぬおお!」


 口から思わず大きな声が出てしまい、周囲の視線を集めたが、声を上げたのが満夜とわかった瞬間、同級生から無視された。


「鵺がおらん上に、弁当が食われている……」


 満夜はしゃがみ込んで教室の全ての机の下を確認したが鵺はいなかった。


「あいつ……どこへ行ったのだ……オレの弁当まで食いやがって……」


 ぼやきながら、教室を出て行く満夜を、友人と弁当を食べていた凜理がこっそりと見ていた。


「ちょっとごめんな」


 そう言って慌てて弁当箱をバッグに仕舞うと、満夜を追って教室から出た。

 生徒でいっぱいの廊下に満夜の姿はどこにもなかった。


「あいつ、どこへいったんやろ……」


 追いかけようにも場所がわからないのでは仕方ない。昼休みが終わる頃には戻ってくるだろうと、凜理は教室に入った。

 



 そのころ、満夜は鵺を探して構内を歩き回っていた。


「くうぅ、あいつめ……うかつに歩き回れば人の目があるというのに……!」


 思い当たる場所はくまなく見て回ったが、鵺の姿はなかった。もしやと思い、学食までいってみたがやはりいない。

 校舎から出て、校庭をキョロキョロと見渡したがやはりどこにも見当たらなかった。もしやと思い、旧校舎のほうまで行ってみる。やはり、いない。


「一体どこへ行ったというのだ」


 こうなってくると勝手に家に帰ったとしか思えなかった。だからといって家に帰るとさらに生活指導の男性教員に怒られてしまう。放課後の反省文だけではすまなくなれば、今後のオカルト研究に差し障りがあるばかりか、放課後に集まってくれる部員に迷惑を掛けかねない。

 満夜は旧校舎の橋を歩きながら林と校庭を見て回った。


「そうだ……先生に電話をしておくれることを伝えねばならんな」


 満夜はふと思いついて、スマホを取り出し、八橋に電話を掛けた。電波が悪いのか呼び出し音も途切れがちだ。


「先生か」

『満夜くん、どうしたの』

「今日の放課後、野暮用があって遅れてしまう。先に図書館へ行き、部員に調べたことを話してくれないか」

『君がボクに頼み事なんて初めてだね。なんだか嬉しいな。文献についてわかったことを話せば良いのかな?』

「それと、平坂高校の旧校舎裏の林で怪しげな石を見つけたことも話しておいてくれ」

『わかったよ。それだけ?』

「今のところはそれだけだ」


 話し終わり電話を切ってから、満夜は周囲を見渡す。


「寒いな」


 冷たい風が吹きすさぶ。風が吹いてくる方向はうっそうとした林からだった。風とともにぬかるんだ泥と異臭が漂ってくる。なんとも言えない悪臭だ。


「なにやらオカルトの匂いがするな……今はあのバカ獣を捕まえる方が先だが、これ以上無用な雑事を増やすのも面倒だな……!」


 満夜はチャイムが鳴る前に教室に戻るべく、ダッシュで駆けだした。




 その頃、鵺のほうはといえば、久々に味わう解放感を楽しみながら、校庭を散歩していた。それでも、頭には満夜と探索したあの林のことがあって、足はそちらに向かっていた。

 遠くからチャイムが聞こえてくる。なんの音かわからないので、鵺はそれを無視して旧校舎の裏手に回った。裏手から林に入ると急に辺りが暗くなる。梢で太陽の日差しが遮られてまるで夕方のようだ。


「あのただならぬ妖気のことを、あやつにすぐに伝えられなかったのは残念だわい」


 枯れ草を踏みしだきながら鵺は奥へと進んでいった。

 林の中にいるのはおそらく鵺一匹だけのはずだが、鵺の周囲から枯れ葉をガサガサとかき分ける音や、枯れ木を踏む音が近づいてくる。

 とうとう、例の石のところにまで来てしまった。


「触ってはならん石か」


 つぶやくと同時にフミュッと肉球が丸い石の頭を踏みつけていた。


「ふっ」


 これで何かあったとして、それを畏れる必要などないと思ってしたことだった。

 踏みつけた途端、周囲でしていた音が激しくなり、鵺を囲んでガサガサと回り始めた。


「きおったか」


 鵺のつぶらな瞳がキランと輝いた。


 そのとき——!


 周囲に視線を送っていた鵺の足下から、ヌチャアッと泥の塊がせり上がってきて、鵺の体を掴んだ。

 鵺の胴体を丸々掴んだ大きな泥の手が徐々に現れて出た。泥でできた人形の姿が地面から出てきたと思ったら、手に掴んでいる鵺を木にたたきつけようと放り投げた。


「うるるるるるうう!」


 鵺が小さな躰には似つかわしくない低い唸り声を上げ、スタッと木の幹に足を引っかけてよじ登っていく。


「やはりな!」


 ボコボコとぬかるんだ地面から、次々と泥の塊が現れ出てくる。動作は鈍いが、徐々に鵺のいる木を取り囲み始めた。

 泥の手で幹を掴み、鵺を落とそうとゆさゆさと揺さぶった。


「愚か者めらが! わしを誰と心得る!」

 かーーーーっ!!


 鵺が天空に向かって吠えた。

 梢がわさわさと大きく揺れて、空が垣間見えたかと思った途端、晴天があっという間にかき曇り、不穏なとどろきを響かせた。

 稲光が縦横に走り、一際大きないかずちが泥の人型へと落ちた。


 びしゃああ!


 次々と泥が吹き飛び、あっという間に泥の人型はいなくなった。しかし、雷とともに激しく大粒の雨が降り始めた。

 あれほど粉みじんに辺りにはじけ飛んだ泥が、雨のせいでまた形をなして行くではないか!


「しつこい奴らめが! これでどうだ!」


 またもや雷鳴とともに稲妻が地面めがけて落ちてくる。

 バシャバシャとあっという間に泥人形は砕けていくが、わらわらと生まれ出てくるので切りがない。


「こしゃくな。わしを誰と心得おるか! この地を守護せし鵺なるぞ! 死霊めらがどうこうできる存在ものではない!」


 そう叫ぶと同時に一際大きな雷を空から放ち、あの白い小さな石目がけて落とした!


 ガキィイイイン!!


 固いものが粉々に砕けるような音が響き、やがて雨が止んだ。

 石が粉々になったのと同時に泥人形もズシャッと地面に崩れ落ちていった。


「鵺!」


 そこに満夜の声が響いた。


「大丈夫か! 今のはなんなんだ!?」

「古き死霊よ。愚かにもわしに手出ししおったゆえ成敗してやった」


 幹からズリズリとずり落ちながら鵺が満夜に言った。体が泥だらけだ。


「風呂に入りたいぞ」

「いきなり旧校舎の裏に雷が落ちたからもしやキサマの仕業かと思ったが、やはりそうか。雷獣のキサマのことだ、かみなりで何をしていたのだ」

「あの石に取り憑いておった死霊を退治したまでよ」

「石……まさか、あの石か!?」


 満夜は慌ててぬかるみを走って粉々に砕けた石のそばに駆け寄った。


「あああああ!! せっかくの研究材料をぉぉぉ!! キサマぁぁぁ!」

「非難される覚えなどないわ!」


 ひっ捕まえようと満夜は鵺を追いかけたが、すばしこい鵺を捕まえることができない。

 散々林を駆け回って、ついには満夜が根負けした。


「放課後に部員になんと伝えたら良いのだ」

「わしが説明する」

「おまえがか?」

「わしはこの目ではっきりと死霊の姿を見ておったからな」

「ぬうう……では任せたぞ」


 そこまで話したところで、遠くから怒り狂った怒声が響いてきた。


「芦屋ぁぁぁぁ!!」


 生活指導の教員だ。


「むぅ、さらばだ」


 さらなる怒りを呼び起こす前に、満夜は素直に教員に連行されたのだった。

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