12 閑話休題 夏休みの課題を終わらせろ!
第1話
楽しかった夏休みも残りあと三日。
新学期は容赦なくやってくる。
満夜は今日も今日とて、父親の残した古文書を読みふけっていた。―が……。どうしても心に引っかかることがあって集中できない。
そわそわしたり、意味もなく不安になったり……。オカルト研究をしているときには決してなることのない精神状態だ。
昨夜も学校でヨモツシコメに追い回される夢を見た。
「これは、来る災厄に俺自身が武者震いしている焦りなのだ……」
そんなことをブツブツつぶやいていると、いきなり仏間のふすまが背後から開いた。
「満夜!」
里海かと思いきや、振り返るとそこには白いワンピース姿の凜理が仁王立ちになっているではないか。
「なんだ? いきなりどうしたのだ」
実はびっくりしたことを隠しつつ、満夜は平静を装って訊ねた。
凜理の肩に最近あざとくなってきた鵺が乗っている。その手には林檎を持っていて、パクパクと口に運んでいる。
「おばさんに聞いたで。課題、全っ然やってへんそうやないの」
「ぬ。そのような世俗の勉学など、オレには必要のないものだ。オレはこの古文書を読み解くという使命がある。邪魔しないでくれないか」
「古文書を解き明かすんは自由やけど、課題を終わらせなアカンのとは別や。それに課題終わらせんかったら内申になんて書かれるかしらんで」
「オレにそのようなくだらないことを諭すのは時間の無駄だ!」
強気になっていいながらも、口調からは幼児のような聞き分けのない態度が滲み出ている。
凜理が呆れた顔で手を腰に当てた。
「それで、課題を一つもせずに学校行って、毎日居残りで課題させられるんはええの? それこそ時間の無駄やないの。いい加減一人で課題をやり通して欲しいわ」
「だから一人でやる。おまえは帰るのだ。こうして話し合うことなど時間の無駄だ」
と言い合っている後ろから、里海がお盆を持ってやってきた。
「なに? 二人とも。毎年ごめんねぇ、凜理ちゃん。この子ったら、こんなもので遊び倒して学業をおろそかにしてるもんだから……全く誰に似たのやら」
仏間の座卓に麦茶と茶請けを置くと、キッと満夜を睨み、手刀でさっと首を切る真似をした。
要するに、ちゃんと凜理に従って課題をしなければ絞め殺すという意味だろう。
それを見た満夜は、里海が出て行くまで用心深く黙ってから、凜理に向き直る。
「それならば、課題を写させてくれるとありがたい。オレも命は惜しいからな」
「それなんやけど、ここにおったら気が散って仕方ないやろ? ここやない別のとこで課題やるのもええかなぁ思うて誘いにきたんや」
「? どこでやるというのだ? いつも凜理の家でやっているではないか」
毎年、結局凜理に尻を叩かれながら課題をこなしていることを自ら露呈した。
「実はここに手土産を持ってきとるん。今から白山さんちを襲撃してオカルト研究部部長のていたらくをたたき直してもらお思うてな」
「ていたらくとは失敬な!」
満夜がぷんすこと怒ると、鵺がおもむろに口を挟んだ。
「課題とやらはわからぬが、あのおなごの作ったかれーなるものをまた食いたいぞ」
「鵺は食いしん坊やなぁ。さっきも台所でスイカくっとったわ。すっかり、芦屋家のペットと化しとるな」
たしかに、里海も道春も黙っていれば可愛い鵺のことを心憎からず思っているのか、隙あらばなでなでしたりもふもふしたりしている。
鵺も美味なる食べ物を饗されるうちに精神がたるんできたのか、もしくは寛大になってきたのか、自分をやたら触ってくる二人を許容しているようだった。
それに毎晩のように道春と晩酌をしては、二人して「よき」「酒はうまいなぁ」などとのたまっている。おそらく道春は未だに酒に酔って幻覚を見ていると思っているようだ。
それらを思い出して、満夜はキッと顔を引き締めて、まだ林檎を食べている鵺に向かっていった。
「キサマ、それでも平坂の地を守護せし神なのか! 動物園の愛玩動物のように毎日暮らしていて精神がたるんでいるぞ!」
そんな満夜を鵺が横目でチラ見する。
「そのようなえらそうなことをいっておるが、おまえのほうこそ、毎日何やらせねばならぬことから逃げているとしか思えんがな。毎晩課題課題とうなされおって。課題とはなんだ?」
「くうううっ」
変な声を上げて、満夜が立ち上がった。知られたくない一面をばらされたのだから仕方ない。
「わかった。今から白山くんの家に行って課題を全部やっつけるぞ。おまえ達にこれ以上とやかく言われる前にな!」
まだ午前中だったので、お泊まりするつもりはなく、勉強道具と課題ドリルだけ持って、二人と一匹は大手に出た。
表に出た途端、じりじりと照りつける太陽に今にも溶けてしまいそうだ。
「まだまだ夏やなぁ」
手をかざして凜理が空を見上げると、家々の屋根からもくもくと大きな入道雲が顔を出している。
さすがに暑いのか、満夜も半ズボンにTシャツ姿だ。肩の上には帽子のように毛深い鵺が被さっているので、満夜は頭からだらだらと汗を垂らしている。
「わしがこの地を守護して折った頃のほうが涼しかったわ」
「アスファルトとかない時代は照り返しもあらへんもんなぁ」
などと、のんびりと会話をしているところへ、暑さに耐えかねた満夜が叫んだ。
「キサマぁ、暑いんじゃあああっ!!」
両手を挙げて鵺を引き剥がそうとするが、まるで満夜の一部と化したように離れようとしない。
「さっき、うちの肩に乗ったときは暑うなかったよ?」
「わしは自由自在に重さも熱も操れるからの」
「じゃあ、オレのときもそうしてくれ!」
満夜は一人で喚きながら、公園の前まで来るとさすがに疲れたのか、黙った。
公園まで来ると、菊瑠の家まですぐだ。
「ところで、満夜は課題をどのくらいまでやったん?」
「オレが手がけるに値する課題などなかった……故に何一つやっていない!」
えらそうに、満夜が答えた。
それを聞いてやっぱりかとでも言いたそうに、凜理がため息をつく。
「はぁ……毎年毎年、よく飽きもせず何もせぇへんな。焦っとるくせに何でひとつもやらへんの……」
「以前もいったが、数学など術師に関係のない勉学だ。英語も然り。かろうじて古文が引っかかるが、他人の恋の歌なんぞ読み解いても意味がない」
「でも、それぞれの勉強、わかるとおもろいで? 確かに数学はうちも苦手やけど、確か陰陽道には占術もあって計算とかするんやないの?」
「あれは計算をして出すのではない。
「なんやようわからへんけど、なんでそういう雑学には詳しゅうて学校の勉強は全くできひんのかなぁ……」
満夜の偏った知識に凜理も頭をひねるしかないが、子供の頃から代わり映えのなかったことを思い出して、肩を落とした。
「おまえにこのような難しい知識はまだ早いようだな」
「早いんやのうて、それこそ必要ないんやて」
「ふむ。解せぬ」
「あ、白山さんの家、見えてきた」
菊瑠の家の門の様子ががらりと変わっている。
以前はいざなみ教本山という大きな看板板が掲げられていたが、今は小さな板に占いお祓いいたしますとだけ書かれてある。
「ほんまに拝み屋さんにもどったんやな」
「能力がなくなったのだ。信者もそれを知れば去ってしまうだろう」
「金の切れ目やのうて能力の切れ目ゆうことやな」
「そういうことだ」
二人は門をくぐり、玄関のチャイムを鳴らした。
インターホンからほんわかとした美虹の声が返ってくる。
『はーい』
「満夜、連れてきたで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます