第4話
「めんどくさいことになったなぁ……」
そんな凜理をさておき、八橋が菊瑠に話しかけている。
「やっぱり君、白山龍神王の関係者じゃない? 確か高校生くらいの娘がいるって聞いたし」
「いいえいいえ、それは勘違いです。わたしは普通の白山です」
菊瑠の顔が見る間に青ざめていく。
「ふむ。ともかく、レッサーパンダちゃんのことを秘密にしたかったら、ボクの研究に協力してね」
「協力しなかったらどうなるんですか」
凜理がきっと見据えて言うと、
「そうだなぁ……まずはレッサーパンダちゃんのことを学会に発表するかな」
心なしかほっとした凜理を押しのけて、いつの間にか満夜が八橋に言い放った。
「こいつはオレの研究材料だ! おまえなんぞに渡してなる物か!」
「ていうか、そこ? 言い争うとこそこなん!?」
満夜の肩に乗ったままの鵺が吠える。
「わしを研究とはいかなることか! わしは平坂の民の神なるぞ! おまえなんぞ、一口で食らってやるわ!」
と、小さくて可愛いお口をあーんと開けて見せた。小さな牙がちょっとだけ凶器に見える。
「いやいや、レッサーパンダちゃんにボクが食べられるわけ……あいたたたた!」
さっきの教訓も生かせず、八橋はまたも蛇尾の餌食になった。
どこかマッドな雰囲気を醸していた八橋だったが、蛇尾に噛まれるのもまんざらではなさそうだ。
「とにかく、オレたちは対等な立場だ。秘密だの、なんだの言うのはナンセンスではないか」
意外にまともなことを満夜が口にした。
でも、凜理からしてみたら、ねこむすめのことを秘密にしてやる代わりにオレの助手になれとのたまった満夜の、どの口が言うと心の中で思った。
「おまえが学会に鵺のことを突き出すならば、考えがあるとだけ言っておこう!」
考えなどないに違いない……けれど凜理は黙っておいた。
「わかったよ。そのかわり、レッサーパンダちゃんをもふらせて」
「いくらでももふるがいい!」
鵺にがぶがぶ噛まれながら、八橋は柔らかくてもっふりとした鵺の体を抱きしめた。
「他に何か知りたいことがあれば、協力してもいいよ」
「ただし、もふらせれば……だな?」
どうも満夜と八橋の間でなんらかの協定が結ばれたようだが、鵺は納得してないようだ。
「と言うことであれば、ボクの携帯番号を教えておくよ。面白いことがわかったらボクにも教えてくれよ」
「承知した」
二人はいそいそと番号を教え合い、がしっと握手した。
「何やらお互い気が合うような気がする」
「ボクはそうでもないけどね」
類は友を呼ぶというのを目の当たりにした凜理と菊瑠は二人の姿を見てなんだか複雑な気分になるのだった。
***
夕方近くなり、三人は四六時中鵺に噛みつかれて満身創痍の八橋と別れて、バスに乗って平坂町に戻った。
平坂大学のある山は日が暮れるのが早い。日が傾き薄暗くなった構内は一人で出歩くのがためらわれるほど不気味だったが、ここから離れるのだなと思うと……。
「ああ……名残惜しい。いかにも心霊現象の起きそうな場所だったのに……」
満夜だけが恨めしそうな顔で、背後に遠ざかっていく平坂大学を見つめた。
「やけど、満夜。鵺のことはどうするのん?」
「鵺か……動物を飼って良かっただろうか?」
「うちも一度聞かなわからへんし」
「わたしの家は無理です……」
三人の視線が椅子にちょこんと座るレッサーパンダに集中した。
「とりあえず、オレの家へ連れていくとしよう。ダメなら凜理が引き受けてくれるか」
「ええよ」
それを聞いてあからさまに菊瑠がほっとしている。
「白山くんは動物が苦手なのか?」
「いいえ、お母さんがあんまり動物を好きじゃなくて」
「ほう。それは仕方ない」
鵺は自由になった自分の体を前足で撫でつけては綺麗にしている。ちょうど赤ちゃんのように座っているので愛くるしい。うちでは飼えないと言っていた菊瑠が残念そうに鵺を見つめている。
そのうち、毛繕いに満足したのか、座っていた鵺が立ち上がると、嫌がる満夜の肩によじ登った。
「わしを飼うとかなんとかというておったが、そのようなことはわし自身が決めることだ」
「じゃあ、野良レッサーパンダにでもなるのか。と言うかキサマ重たいのだ!」
引き剥がそうともがく満夜の肩に張り付いたようにして離れない。
「不本意だが、わしの体と飛翔輪を見つけ出すまでは我慢しておいてやろう」
「我慢するのはこっちだ! 何を偉そうに命令をしている!?」
「それもこれもおまえの先祖がしたことゆえ、子孫のおまえが後始末するのが筋だろう」
「後始末だとぉ?」
「そうだ。おまえの先祖は功名心から侵略者一族の興を得るためにわしをバラバラにしてあまつさえ封印をした。今まで守られていた恩も忘れて、だ」
「オレの先祖が裏切ったとでもいうのか」
「おまえの先祖はわしの従者だったのだ」
「従者だっただとぉ!?」
「恩を仇で返しおった。そのことを水に流してやろうとしているのに、おまえはわざわざわしの怒りを買うことばかりしおる」
「先祖は先祖、オレはオレ。オレの知らぬことで恩を着せられても迷惑だ。それに、キサマ一人で何ができる。いまや、鵺の体などかわいいレッサーパンダではないかっ! 町中をその姿で歩き回ればテレビ局の格好の餌になるぞ! いいのか!?」
「てれびきょくというのはわからんが、確かに今のわしでは空も飛べず無力だな……よし、おまえをわしの従者とするゆえ、わしのいうとおりにするのだ」
それを横で聞いていた凜理はクロの言葉を思い出していた。クロは今までの行動を考えても鵺の味方をしているようだった。八束の剣を見つけようとしたりして、凜理たちを助けてきた。クロには鵺が自分たちの味方だとわかっているのだろうか……。凜理は心に決めた。
「うちは鵺を支持する。平坂町の守護神が鵺なら、うちのクロちゃんが反対するはずやもん」
「凜理はオレが鵺の奴隷になっていいというのか!?」
そういう満夜の首には居心地良さそうに鵺が丸まっているし、別に奴隷でもいいのではないかと凜理には思えた。
「奴隷やのうて従者や。もしかすると術とか念力とかなんか教えてもらえるんとちゃう?」
「ぬうう」
満夜が顔をしかめてうめいた。
「それに満夜は鵺のことをもっと知りたいんとちゃうのん? これがチャンスやのうてなんなん?」
凜理の言葉に満夜が苦悶し体をよじる。ひとしきりくねくねしていたかと思うと、人差し指を額に添えて顔を上げ、指の間から凜理を見上げながら低い声を出した。
「承知した。これも大儀。正式に鵺をオカルト研究部の研究対象とする!」
ふ、ははははははは——っ!!
他に乗客のいないバスの中に、不敵で迷惑な満夜の笑い声が響いた。
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