第4話

「八束の剣を見つけたんですか?」

「いや、まだだ。だが、必ず、この手にする時は来る」


 それを聞いて、菊瑠が嬉しそうに言った。


「きゃあ、それは楽しみですね! 八束の剣、わたしも見てみたいです。芦屋先輩は見たことがあるんですか?」

「いや、ない」

「じゃあ、薙野先輩は?」

「残念やけど、八束の剣の文献はうちの神社にもないの」


 その言葉に、菊瑠が目を輝かせた。


「薙野先輩の家は神社なんですか?」

「そうやけど、それがどないしたん?」

「薙野先輩は巫女さんとかするんですか?」

「一応。でも、正月だけや」

「じゃあ、巫女さんの資格はないんですか?」

「卒業したら、取るつもりなんや。それまでは偽巫女やな」

「そうなんだぁ……」


 やけに嬉しそうに菊瑠がつぶやいた。


「巫女さんの薙野先輩は強そうですね」

「へ? あたし、巫女姿で格闘技なんかせんで」

「少なくとも、芦屋先輩より強そう」


 すると、それまで黙って聞いていた満夜が割って入ってきた。


「オレが凜理より弱いとでも言うのか!」

「わわわ、勘違いしないでください。なんとなくってことです」


 慌てて菊瑠が言い直す。


「どこらへんが弱そうに見えるのか、はっきりしてもらおうか」


 満夜が問い詰めると、慌てた菊瑠が公園を指差した。


「わ、わたし、こっちが家なんです。じゃあ、ここで失礼します!」

「むぅ……、逃げるとは卑怯な……。白山くん! 明日、用具室で待っているぞ」

「すみませーん、公園で待ち合わせじゃいけませんか?」


 公園の中に入った菊瑠が大きな声を出して聞いてきた。


「わかった。公園で待ち合わせよう」


 菊瑠が公園の中へと去っていった後、辻道を満夜は自宅のあるほうに、凜理はいざなぎ神社のあるほうへ別れた。




 * * * 




 満夜は仏壇の前に座り、幼いころに死別した父、忠司ただしに線香を上げた。忠司は拝み屋をしていた。しかし、不慮の事故で亡くなってしまったのだ。一家の大黒柱を亡くした後、満夜親子は祖父と同居して、今は不動産で生計を立てている。それなりに裕福なのだ。

 その父の影響で、満夜はオカルトに興味を持ち、父の遺品から呪符を取り出して真似をしてみたりするようになった。けれど、忠司のような才能がないのか、満夜にはそれらの呪符を使いこなす力がなかった。

 それは、満夜にも分かっている。ただ、言わないだけだ。祖父も分かっているに違いあるまい。だから、満夜が忠司の遺品を漁っても何も言わないのだ。母の里海はあまり満夜にオカルトに関わってほしくないと思っているようだ。それは、変死した忠司のことを思ってのことだろう。

 しかし、満夜はそんな母の思いなど、これっぽっちも頭の中になかった。ただ頭の中を占めるのは、偉大な比類なき術師になることだった。その願望は父を超え、類まれな才能を持った先祖である術師に向けられていた。父親は形無しである……。


 今日も今日とて、勉学に励むこともせず、仏壇を拝んだ後、満夜は亡き父の部屋に入り込み、積み上げられた文献を漁り、父の書いた呪符を眺めた。


「この中にあるはずなのだ……」


 満夜は探し求めていた。銅鏡が示した八束の剣を見つける方法を。果たして、忠司が八束の剣の在り処を知っていたかどうかなど、関係ない。父の形見に埋もれて、満夜は父親というものを感じたいだけなのかもしれない。


「今まで読んだオヤジの日記に秘密が隠されているかもしれない」


 満夜は、文献の山を崩して、忠司の日記を探した。しかし、忠司の日記に書かれているのは、朝昼晩の食事のメニューと天気のことだけだった。拝み屋ともあろうものが、未知なる謎の存在と戦った記録を残さないとは! と、当時の満夜は思ったものだが、実際冷静になって考えてみると、客の個人情報を書き記すわけがない。

 満夜は舌打ちして、再び、文献に没頭した。その中に、いざなぎ神社について書かれた古文書があった。もしかすると、ここに何かヒントが隠されているかもしれない。満夜はパラパラとページをめくる。


 そこに。


「満夜! 何べん呼んだら返事するの! お風呂さっさと入って寝なさい!」


 母・里海の怒号が頭の上に降ってきた。

 満夜はしぶしぶ、古文書を置き、着替えを持って風呂に入りに行った。

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