第4話

 ある日、満夜は凜理の住む神社にサンマを持って行けと、母親に命じられた。ちょうど暇を持て余していたし、凜理と遊ぼうと満夜はいざなぎ神社に出かけていった。

 凜理の神社はいざなぎが主宰神だ。至って普通の神社で、神社の社紋は三つの逆三角形に丸。その社紋が鳥居に掲げられた札に刻印されている。

 その真下の鳥居の柱に、珍しくバンダナをしていない凜理がいた。すぐに満夜に気付き、手を振った。


「どないしたのん?」

「母ちゃんに言われて、サンマ持ってきた」

「……サンマ」


 何故か、凜理がジュルリとつばを飲み込んだ。そして、慌ててポケットからバンダナを取り出して頭に巻いたのだ。

 満夜は妖怪ハンター並みの勘が働いた。たまに、満夜の勘は大当たりする。それに満夜が気付かないだけなのだが。


「なんで、頭をバンダナで隠すのだ!」

「な、なんでもない。巻きたくなっただけや」

「いや、なんか怪しい……。怪しい臭いがするぞ!」

 と言って、いきなり凜理のバンダナを剥ぎとった。


「ふぎゃあああ!」


 凜理が猫のように叫んだ。


「何すんの!」


 頭を両手で押さえた凜理の両手に掴みかかった満夜が言った。


「何隠してるんだ! 見せてみろ!」

「いやや、やめて!」


 満夜が片手に持ったビニール袋を落とした。はずみでサンマが入った透明ビニールも飛び出す。


「ふにゃあああ!」


 凜理が一声鳴いて、魚に飛びついた。今にも袋を破って食べてしまいそうだ。

 満夜は間一髪で袋を取り上げ、凜理を見て驚いた。


「耳!」

「ふにゃ!」


 凜理の黒髪の頭の上に、黒い耳が二つ、尖って出ている。どこからどう見ても、猫の耳だ。


「まさか……!」


 満夜が凜理を指差した。


「お前はかの有名なねこむすめだな!」

「ちゃうわ!」




 バンダナを巻き、サンマを無事に凜理の母親に渡した後、凜理が説明した。


「クロちゃんが死んだ後からや……。魚の匂いやら、猫が喜びそうなものを見るたびに、あたしの耳とおしりに、猫の耳と尻尾が生えるようになったんは」

「しっぽも生えるのか!」


 見てみようと凜理のスカートをめくろうとした満夜の頭を、凜理がスパコーンと叩いた。


「誰が見せるかいな! 夢で、クロちゃんが言ったように、クロちゃんはあたしの中にいるんや」

「やっぱりねこむすめだ」

「ねこむすめは人間やないやん」

「じゃあ、猫憑き娘だな」

「なぁ、このこと、誰にも言わんといて……」


 凜理はこんなことを誰かに知られたら大変なことになると思っていた。だから、満夜と秘密を共有し、守ってもらおうとしたのだ。

 だが……。


「じゃあ、今日から黙っておいてやる代わりに、お前はオレの助手だ。ありがたく思えよ」


 凜理の予想に反して、満夜は図々しかったのだった。




 その秘密を握られてから数年間。凜理は満夜のくだらないオカルト研究なるものに付き合わされている。この歳になってくると、さすがの凜理もねこむすめになってしまう自分を誰かに見られるわけにはいかない。

 満夜との連携プレーがうまくいき、高校までバレずに済んでいる。この先、誰かにばれないとは限らないけど、満夜から離れるわけにはいかなくなってしまったのだ。

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