第3話 ピッチは生きている

「調子が上がってこないんじゃないか?」

「そうでもありませんよ。僕はいつものペースです」

「怪我の問題があるんじゃないのか?」

「監督、試合中に怪我の話はなしです。ピッチに立ったら、もうそんなことは関係ないんです。遠慮なしです」

「影響が大きいなら、私も決断しないわけにはいかない」

「だけど、今はそれを言葉にする時ではないでしょう。言葉は身体を縛ってしまう。僕は今、考えながら動かなければならない時なんです」

「本当に動けるのか?」

「考えを追い越して動かなければ、ゴールは決して生まれません」

「今はスピードが何よりも必要とされるからな」

「気がついたらゴールに入っていたというのが理想です」

「だがあまり考えすぎるなよ。それは力みにつながることもあるからな」

「僕は自分のスタイルを変えたことはありません」

「悩み抜いたら行き着くところは決まっている」

「でも僕は悩みながら動くしかないんです。他のやり方を知らないから」

「練習を思い出すんだ。力が抜けたら、もっと結果が出せるだろう」

「監督、そんな余裕があると思いますか? 本当に」

「余裕がなければ、上手くいかないこともあるのではないかな」

「今は試合の最中なんですよ! こうしている間にも、絶えずボールは動いているんです。試合は、生き物なんです」

「監督の仕事はほとんど見守っていることでしかない」

「僕は生き物が怖いです」

「そんなに恐がりすぎることもないさ」

「生きている物は、みんなどこか傷ついているから」

「生き物を恐れてプレーができるか。どうしてそんなに怖い?」

「僕も生き物だからでしょう。だからです」

「誰だってそうさ。もっと自信を持って、ボールを持てばいいんじゃないか」

「確かにさっきは、急ぎすぎて的外れなシュートを打ってしまいました」

「持っている力を使い切れば君は想像以上のことができるんだ」

「近づきすぎた人を恐れすぎたのかも」

「恐れるあまりに放さなければ相手を恐れさせることもできるだろう」

「試合は生き物だから、思い通り進まない不安が常につきまといます」

「まあ、そう思い詰めるな。信じて待つことも大切だ」

「ピッチの中は生きた街のようです」

「人々の期待を、我々は背負っているからな」

「街の中には、争いがあり差別があり文化があります」

「差別はあってはならないこと。この街の中では、絶対に許されないのだ」

「病院があり、郵便局があり、映画館があり、学校があります。僕は、いったい何をするべきかわからなくなります」

「わからない時には頼ればいいんだ。人の意見に柔軟に耳を傾ければ、するべきことは見えてくるだろう」

「音楽があり、酒があり、波があります。みんな生きているようです」

「君だって生きた街の中にいるんだろう」

「街路樹が、光と闇を用いて、道の上に自己を投げかけています」

「そうか……、街路樹がね」

「僕も、もう負けていられないと思います。怪我にも恐れにも、負けていられない」

「足首が痛むのか? やっぱり」

「みんな傷を顔に出していないだけです。僕が見せるべきは、鮮やかなゴールだけなんです」

「私も街の片隅で、それを見届けるとしよう」

「ゴールだけが上書きできるものがあるはずです」

「そうだ」

「監督、見ていてください」

「ほら、メインストリートにパスが出てきたぞ」


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