第10話 監視カメラ

 湖の水面のなだらかな波が足もとに寄せてきて、遠くから見れば何も危険がない森が葉をざわめかせる……こういう暮らしも悪くないものだなと思い始めていた。

 私はあちこちを散歩しながら監視カメラの位置を確認していた。病院内には数多くあったが、外には病院の入口と、あとは数台だけで死角はいくらでもあった。

 湖畔の女性だけではなく、Fと呼ばれる女性に何人か出会ったが、いずれも若く、美しく、スタイルの良い女性ばかりだった。病気の具合も重度ではなかった。

 私はやはり一人目のFに会いたくなり、彼女が湖畔以外ではどうしているのか、寝ているときはどんな顔をしているのかということがしきりに気になりだした。

 病院内では彼女を見かけたことがなかったので何階にいるのかもわからなかったが、深夜、眠い目をこすって廊下を渡り歩いた。薄暗く、月明かりが射しこんでいた。病室の電気は消え、窓の外の湖や森の方がよく見えた。

 病室の扉を開けようにも鍵がかかっていることが多く、開けることができても室内に彼女の姿は見当たらなかった。一度、患者に気づかれて「ううっ」と唸られただけだった。私はむなしい気持ちになってアパートの自室へと戻っていった。

 監視カメラに自分の狂態が映っていることは重々承知の上だった。それでも私は眠れる森の美女のような彼女を一目見たかったのだ。

 何もないような静かな日々が流れていくのはそれはそれで結構だったが、それでも私はちょっとしたイベントを企画した。

 ただのビンゴ大会で、景品も大したものを用意できなかったが、自作の点字をあしらったキーホルダーは好評を得た。

 患者も十数人来てくれた。Fは一人も来ていなかったが。

 医師では内川とあと一人くらいだったが、看護師は五六人参加してくれた。副島亜希子の姿もあった。例の地味で暗がりを背負ったようなたたずまいをしていた。

 副島の舌っ足らずな声が聞こえた。彼女が私に一生懸命しゃべってくれたことを思い出した。

 そして、湖畔のFが突然「イヒヒ」と笑いだしたこと、少しハスキーな、歯の間から息がもれるような声でしゃべっていたことを思い出した。

 楽しい時間が終わろうとしていた。

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