第23話 暗殺者は異形の怪物と交戦する

 目の前に居座る怪物は動く気配が無い。恐らく寝ているのだろう、セロは可能な限り初撃で仕留めようと両手にナイフを持ち、魔力を纏わせる。


 その属性は光。二本のナイフはどちらも眩く光り、そして刀身が三倍程に伸びていた。


「何ですかセロさん、新技です?」

「後ろのアルベールが火属性の魔力を纏わせていたことがあってな。俺の得意な風と光で真似てみた結果、光の方が使い勝手が良かったんだよ」

「なるほどです。じゃあ一発目は譲ってあげますね。ダメだったらティアがアイツの脚をもぎます」

「ん」


 短く返答したセロは、次の瞬間目にも留まらぬ速さで怪物の上半身、魔族部分の首元へ飛び上がって光の刃で斬りつける。


 ぶしゅ、と聞き慣れた肉の裂かれる音はしたが、その刃は首の半分も切断出来ていない。


「ぅぅ……ぐるぁぁぁぁぁ!!!」

「起きたか。ティア」

「はーい!」


 呼ばれる前にわかっていたようで、セロの呼び掛けに機敏にティアは動く。一番前にある脚の根元を掴み、握り潰す。


「ぅぅ!?」

「あっは、ちょっと硬いですね? 人間の頭くらいかな」

「気を抜くなよ」


 地面に着地してティアのもとへ移動する。敵は負傷した首を腕で押さえ、握り潰された前足を庇うように後退した。


「……、おいティア。下がるぞ」

「何でです? このままぶち殺す流れでしょう」

「勘だ」

「……それなら仕方ないですね。ティアの勘もセロさんに逆らえとは言ってませんし」


 裏の人間、とりわけ暗殺者は自身の勘を常人よりも遥かに頼りにしている。何となくで命を繋いでいくのが殺す側の人間なのだ。


「ぐおぉぉぉぉぉおおお!!!!!」

「っ!」

「うわ、ヤバ」


 雄叫びを上げた怪物は魔法陣を全方位八方向へ同時に展開し、紫の魔力の塊をデタラメに発射した。


 セロとティアは各々躱しながら無差別攻撃が収まるのを待つ。その間、セロは遠くで待機しているアルベールへ一つの質問をした。


「おいアルベール!!! 研究者のヤツらが来た様子は!?」

「ねえな!!! この規模の戦闘なら当然上にも伝わってるはずだが、人っ子一人来やしねえ!!!」

「……つまり、俺達がこの怪物と交戦するのは織り込み済みってわけか」


 だから目当ての場所まですんなりと来れたのだろう。嫌な点と点が繋がり、セロは軽く舌打ちをする。


「何が嫌かって、こんなデカブツ程度で俺を殺せるって思われてることなんだよな」

「しかもティア同伴ですよ! 一人じゃ倒せないってことですよね、セロさん!」

「サリア殺したら次のターゲットはてめえだな」

「上等です、返り討ちにしてあげますよ」


 お互い軽口を叩き合いながら次の手を考える。


 敵の展開していた八つの魔法陣が消失する。それを見たセロは、身体へ魔力を纏わせようとした。


 光纏閃フォトン・オーバー。使い勝手が良く、またセロの奥の手でもある。


 しかし、何故かティアによって制止される。


「何だ」

「セロさん、今アイツ殺そうとしましたよね?」

「あまり長く続けるのもどうかと思ってな。殺せるうちに殺しておきたい」

「殺し方は?」

「残りの七本の脚を切断、行動不能になったところで首を切り落とす。光纏閃フォトン・オーバーを使っている間であれば今度は出来るはずだ」

「そんなの弱い者イジメじゃないですか!」

「……は?」


 意味のわからない糾弾をするティア。それが任務じゃないのか、とセロは瞬時に思考した。


 だがそれより早く、ティアは宣言する。


「ティアが殺しの美学ってのを教えてあげますので、もうセロさんはそこで見ていてください。手を出したら殺しますからね」

「……死んでも知らないからな」

「この程度に殺されるくらいなら序列二位なんて名乗れませんよ」


 いつもの軽い雰囲気とは異なり、静かに答えるティア。


 襲い掛かる怪物を見て、ティアはすっと右手を突き出す。


 刹那、パキンと甲高い音が鳴った。冷気が漂う。


「逃がしませんよ」

「ぅぐ、ぉぉ……!」


 一歩、一歩と怪物へ近付いていく。その度に敵の身体のどこかが氷漬けになる。


 初めに鳴ったあの音は瞬間的に凍らされた時のもの。


 ティアは手を伸ばせば届く距離まで怪物に近付くと、敵を覆うように魔法陣を六面展開する。


 ……あれは以前目の前で見たことがあり、かつ大惨事になったやつだ。セロは大きく溜め息をついて、目の前に魔力を固めた壁を作り出す。


「アルベール、お前魔力壁は作れるか?」

「あ? いや、やったことねえけど」

「……ならご愁傷様ってことで。その服使えなくなるぞ」

「あぁ? 凪、お前何言って……」

「名前もわからない木偶の坊。気持ち悪い見た目でしたが、これだけ大きければ絶対に気持ち良いでしょう」


 ティアは小さく呟き、展開した魔法陣に魔力を込めていく。規模が大きいため少し時間はかかるが、それでも常人よりは遥かに早い速度で魔力を充填する。


爆散澪エブリション




 ──詠唱の後、怪物が一気に破裂する。おびただしい量の血は床や壁、天井を余すところなく赤に染め上げていく。




 その中で、中心に立つティアは小さく笑みを零した。


「あはっ、あは。あはは、あはははは!!! あー気持ち良い! あーあ、破裂しちゃったー! 床も壁も天井もティアも全部血まみれ! あっははははは!!!」


 狂ったように笑い出すティア。魔力壁を張ったおかげで血まみれにはならずに済んだセロは、天井からまるで涙のように滴る血を鬱陶しそうにしながらティアのもとへ歩き出す。


「魔力核は……、これだな。魔獣のやつよりも二回りくらいデカい」


 紫色に鈍く輝くそれを回収するセロ。魔力の容量が大きいのはわかっていたことだが、それにしても想像より大きい。


「何ですかーセロさん。せっかく人が良い気持ちで浸ってたというのにー」

「おい、あんまこっちに寄って来んな。お前毎回殺しの後びっちゃびちゃで汚いんだよ」

「乙女に向かって何ですかそれー! ほーら、乙女の柔肌ですよー!」

「来んな殺すぞティア! おいアルベール、帰るぞ!」

「魔力壁を張れってのはこれのせいか……。クッソ、血の匂いが臭ぇ……てか凪もだが、天泣のやつはイカれてやがんな……」


 アルベールは部屋の惨状を眺めながら、独り呟く。


 天井も余すところなく血が付着したため、ぴちゃぴちゃと床へ滴っている。


 それはまるで、天が泣いているかのようだった。

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