蒼き瞳のユア

薬草一葉

プロローグ

 私はユア=クォルグ。風と水魔法、剣を扱う才に恵まれた。


 帝都のファルシオ学園に入学するも飛び級で卒業させられた。“卒業させられた”というのは私の意志に関係なく“勝手”に話は進んでいたのだ。


 在籍していた学園の武芸大会にクラスの為と仕方なく出たら、賓客として来ていた剣聖様のお眼鏡にかなったらしい。


 母に断る事を告げると、帝剣に選定される事は誉れ高いことで、これはお上からの命令と思いなさいと窘められた。


 私は母のような治癒師になりたくて学園の門を叩いたのだが、今は剣聖宮殿へと続く階段を長々と登り、剣の道への門を叩こうとしている。


 “治療で人を救う才と剣で人を守る才”どちらの道を選んだら、より多くの人を助けれるのかという葛藤はあった――


 ――剣で人を守る道は死んだ父の道であった。


 丘上に建つ剣聖宮殿に至る階段以外の道は、すごく傾斜で登るのに苦労しそうだ。攻められても丘上から魔法を撃ってるだけで敵は転げ落ちそうである。


 階段を登りきると立派な白色の宮殿が見えてきた。振り返ると帝都を見渡せる絶景が目に映る。


 門に付いている魔道具を鳴らすと、暫くして壮年の執事と背の小さなメイドが姿を現す。


「ユア様、良くいらしてくれました。私は執事と侍女を統括する立場のロイと申します」


「ティエルです」


「ティエルはユア様の専属侍女となります」


「ユア様、これからどうぞ宜しくお願いします」


 ティエルがカーテシーを行うと桃色のツインテールが揺れた。


「ええ、こちらこそ宜しくね」


「ではユア様、宮殿をご案内します」


 綺麗に整えられた庭の中道を歩き、宮殿の玄関口に入るとステンドグラスから床に投影された剣の紋章。その紋章を囲うように左右に分けられた階段。


「凄い玄関ね」


 もっと殺風景か物騒な所だと思っていたけれど、ステンドグラスから入った光が、床に投影され綺麗であった。目を放すのが惜しい――


「お気付きになりましたか。玄関口に入る瞬間まで、ちょうど階段上の人が見えないのですよ。そして投影された紋章には注視の魔術が掛けられています。凄く凝った造りの玄関ですよね」


 ――やっぱり物騒な場所で、このステンドグラスは芸術家からすれば、芸術の冒涜に当たるだろう。


 談話の広間まで案内されると、同僚で先輩となる帝剣の二人――セシル=フォードとアベル=オーヴァルと出会った。


 二人と面識はないが、帝剣は有名であり姿絵も出回っている。学友の子達が良く眺めていた。


 セシルはその整った顔立ちに金色の髪と瞳を持ち、とにかく眩しい青年という印象。


 アベルは漆黒の髪に赤い瞳をしていた。背は大きく、がっしりとした身体付き。こちらも整った顔立ちだが、全体的に野生を感じさせる。


 その二人が談話の広間で鍋を煮込んでいた。自由にして良い場所と説明を受けたが、さすがに“自由にし過ぎでは”と思った。調理室や会食の広間もあるのだ。


「今日からお世話になるユア=クォルグです。以後お見知りおきを」


「宜しく、俺はアベルだ。堅苦しいのはいいからこれを食ってみろ、美味いぞ」


 冷徹な印象というのは間違いだったようだ。アベルの食べかけの容器が差し出された――


 父が居た時――この光景よくあったな。


 フォークを取りキノコに刺して持ち上げた。妙にカラフルだが、今し方セシルが食べていたから大丈夫だろう。と口に入れようとした瞬間、


「いけません!」


 ティエルの手によってカラフルなキノコが叩き落され床に……。


「ティエル、食べ物を粗末にするな」


「いいえアベル様、毒キノコは食べ物ではありません。御二方、毒に耐性が付いたからといって、山から拾ってきた毒のつまみ食いは止めて下さい。アベル様がこうなったのもセシル様のせいですからね! 毒鍋は没収します!」


「仕方ないじゃないか。スパイスと一緒で刺激が欲しくなるんだよ」


「仕方なくありませんし、それらしい事を言って毒とスパイスを一緒にしないでください。ユア様、少々問題が生じた為、ソファーに腰掛けてお待ちになっていて下さい」


 落ちたキノコも、私とセシルの持つ容器も鍋にツッコミ、手早く片付けた毒鍋セットを持ったティエルが足早に去って行った。


 あんなに粗末に扱われるモノを口にしていたらと思うと……体を身震いさせた。


「僕はセシル=フォード。宜しくね」


 何事もなかったかのようにケロっとしている毒喰いのセシル……。


「……宜しくお願いします。御二方は毒に耐性をお持ちなのですか?」


「ここで出る食事は大抵微量に混ざっているよ。毒が掠っただけで動けないようじゃ、やっていけないからね」


「ええっと……私は魔法で治せるので遠慮したいのですが」


「それは隙になるよ。相手が手練れなら動きが少し鈍った間にやられちゃうよ」


「ユア、セシルの言う通りだ。考えが足りないぞ」


 耐性の無い私に毒を食べさせようとした人に“考えが足りない”って言われて、少しイラっと来た。


「私は治癒師を目指していたので、本当の手練れとかよくわかりません」


「それは駄目だ。ユア――訓練場に行くぞ」


「ティエルはここに居てって、ちょっと何処触って――自分の足で歩けるから下ろして!」


 アベルにお尻を持たれ肩に担がれたのだ――背中をぶっ叩いてやったがびくともしない。むしろこちらの手が痛かった。


 訓練場で降ろされ、平手を放つもアベルが避ける。


「気が早いな。騎士道精神を少しは持った方がいいぞ」


「乙女のお尻を触ったからです!」


「太股の付け根辺りだ、尻じゃない」


「それさわって……もういいです。分かりました、早く木剣を選んでやりましょう」


 私は二本の木剣を手に取る。


「二刀流か。あまり戦った事が無いな」


「負けた時の言い訳ですか?」


 アベルが木剣をこちらへ向け、


「俺はそんな言い訳はしない。掛かって来い」


『地の刻を止めたるは、凍てつく風と水――大地よ凍れ!』


 “風と水の複合”――氷魔法で地面を凍らせて自分のフィールドを創った。私自身は氷上での移動は慣れている。


「掛かって来てもいいですよ」


 そして足を滑らせた所に攻撃を加える。この脳筋に“おいた”した分、打ち込んでやるのだ。


「面白い――では俺から行こう」


 そう言ったアベルが氷を踏み砕き、地面に足をめり込ませて迫ってくる。


 ……信じられません、来ないで下さい。


「――おい馬鹿弟子、訓練場を破壊するな」


 いつの間にか剣聖がいて――真剣をアベルに迫らせた。


 木剣が斬られ、アベルの首元で刃が止まる。


「師匠こそ木剣を――ぐおぉ」


 剣聖がアベルに腹に拳を打ち込んだ。あの鋼のような筋肉を破ってダメージを与えるとは……。


「お前の給金から引いて置く。して藍毛、俺に挨拶もせずに勝手に訓練場を使うとはいい度胸だな」


 冷徹とは剣聖レンダルク=アージェスにこそ相応しいと思った。長い銀髪を首の後ろで一纏めにした恐ろしい程の美形が冷たい目で私を見下ろす。


「申し訳ございません。強制連行を振りきってでも先にご挨拶に伺うのが筋でした。私の弱さ故です、どうかお許し下さい」


 私は片膝をつき、思い付く限りの謝罪をした。


「二刀を使った癖によく言う――まあいい。精進すればお前も使えるようになるだろう。用事がある時は“これで”知らせる」


 剣聖からイヤリングが投げられた。慌ててキャッチしたイヤリングには剣の刻印が施されていた。帝剣の証となる品である。


 お礼を言おうと思ったら、剣聖の姿は宮殿内に入っていく所であった。見えていないかもしれないが頭を下げておいた。


 剣聖宮殿に着いて直ぐハプニングが沢山あったが、夜に結構な額の給金を貰い、前向きに考えるようにした――少し気を抜くと身体が震える。


 私は剣の道を選ばないように、自分に向かない二刀流を使って剣の才を潰していた。父の使っていた剣技なのでそれなりに扱えるが――


 ――命を掛ける立場となって間違った選択だったと後悔している。母を置いて先に死なないようにするなら全力で取り組むべきだった。


 翌日、早速剣聖――お師匠様に訓練場へ呼び出され、一振りの剣を賜った。


「藍毛、お前に二刀流の才能は無い。不服そうな顔をしているな――異論があるなら述べろ」


「剣に関してはごもっともと思うのですが、藍毛という呼び方は阿呆毛っぽく聞こえるので変えて頂きたいかと……」


「藍頭、知っていて才能を熟さず腐らせる輩を表す言葉を述べよ」


「……阿保、馬鹿、ええっと」


「時間切れだ。その二つは埋まっているから藍毛で我慢しろ」


 藍毛こと私、ユア=クォルグはこうして帝国の剣となった。

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