イクミとルチャ

「前を向くんだ、イクミちゃん!」


 ディエロゴのハイキックと、ボクのハイキックが、互いの首を刈り取る。


 両者とも、バタンとリングに倒れた。


 一発一発が、星さえ砕くほどの威力である。それを、プロレス技として、ボクたちはかけ合った。危険なプロレスごっこだ。プロレスとは本来、相手との信頼関係の上に成り立っている。シナリオが合って、ソレに沿わなければならない。


 だが、この戦いに筋書きなんてなかった。本気で、ぶつかるしかないんだ。互いの心が折れるまで、動けなくなるまで。


「イクミちゃんには、ちゃんと未来が待っている。ルチャがいなくたって、イクミちゃんは進めるんだ!」

「あたしは、ルチャが隣にいない未来なんて考えられない!」


 最後の一撃が、渾身の一撃がボクたちに迫った。


「ルチャを越えていけ、イクミちゃん!」


 ボクも、応える。


 ディエロゴのパンチが、ボクの頬にめり込んだ。


 ボクのボディブローが、ディエロゴのみぞおちを突き刺す。


 よろめき、ディエロゴが体勢を崩した。


 そのスキをついて、ボクはディエロゴのクビに腕を回す。


 抱えあげて、ボクはブレーンバスターを決めた。ディエロゴを、背中からマットへ叩きつける。


 ボクも倒れたまま、動けない。まぶたが、だんだん重くなってきた。




 気がつくと、ボクは見知らぬ場所に立っている。

 辺りは真っ白で、足元には蒸気のような白煙が立ち込めていた。


「ダイキ」


 ボクの隣には、チサちゃんがいる。ボクは、チサちゃんと手をつなぐ。


「負けたよ、ダイキ」


 正面には、イクミちゃんとディエロゴがいた。

 まるで鏡みたいに、ボクたちと同じ構図になっている。


「アタシたちの力を、あんたらにあげる。邪神をぶっ飛ばして」

「いや、ボクたちはみんなで一つだ。みんなでやっつけに行こうよ」


 ボクが伝えると、イクミちゃんは笑う。


「アンタには、かなわないよ。アタシの世界線は、シリアスな展開しかなかった。あんたたちみたいにコメディで振り切れていたら、アタシはこうならなかったのかな?」

「それは、わからない。パートナーがチサちゃんだから、ボクはこっちに進めたのかも」


 うん。そうとしか、考えられないよ。


「邪神に勝つよ。チサちゃんの存在を認めてもらう」

「ああ。そうなるといいな」


 ボクは、ディエロゴと握手をする。

 


 目を覚ますと、ボクはまだリングに横たわっていた。


 技をかけたまま、眠ってしまったのか。


 いつの間にか、変身も解けていた。


「勝った? 勝ったのか?」


 チサちゃんが、ボクの隣で眠っている。チサちゃんも、死力を尽くしたのだ。


 ボクたちは、勝てたようである。


「ディエロゴ、ボクの勝――」


 起き上がると、誰もいない。


 倒れているはずのイクミちゃんとディエロゴは、そこにはいなかった。


「行ってしまったのか」

「違う。イクミとディエロゴは、わたしたちの中で」


 そうだよね。二人と、ボクたちは同じなんだ。ようやく、ボクも二人の熱を実感できるようになった。


 さあ、最終決戦だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る