ととのう状態

「おお、ええじゃろええじゃろ!」

 ソー・ローネも、ノリノリで仰ぐ。


「まだまだ行くぞ」

 今度は、二人して天使の羽で熱波の流れを変える。温度の高い熱風が、うちわによってボクたちに向けられた。



「これがロウリュだよ、チサちゃん」


「微妙に違うけん。ロウリュっちゅうんは、いわばこのサウナ自体をいうけん!」

 インチキ広島弁で、ソー・ローネは言う。


 ロウリュとはフィンランドのサウナで、サウナストーンに水をかけて水蒸気を発するサウナのことだ、と教えてくれた。


「本場ではっ、シラカバの葉をっ、使ってっ、身体をっ、叩くらしいっ」

 うんしょうんしょと、細腕でセーラさんがうちわで扇いでくれる。解説をしながら。


「それは知ってます。ドイツではタオルを、日本の場合はうちわで仰ぎ、熱波を体に当てるんですよね」

「本場ではっ、座っているだけっ。ストーンにっ、水をっ、かけるのもっ、セラフッ! いやセルフッ!」

 しんどいのか、セーラさんの言葉が怪しくなってくる。

 うちわの勢いも弱い。


「同志セーラよっ! 無茶をするな! 交代するぞ!」

「気遣い無用! 制服が肌にまとわりついている故! しばしの辛抱だ!」

「辛抱しとる段階でアウトじゃ! 皆の衆すまんのう! 今日のロウリュサービスはお開きじゃけん!」


 二人の学生が、うちわを止めた。


「まだ足りない」

 そういったのは、チサちゃんである。


「代わって。わたしが仰ぐ」

 チサちゃんが、二人に手を差し出す。


「嬢ちゃんが、やってくれるんか?」

「やりたくなったみたいなんです」

「ほうか。じゃあ遠慮せんわ。同志セーラ、貸さんかい」


 ボクが事情を説明すると、ソーは快くうちわを貸してくれた。


「すまぬ。少し抜ける」

 セーラさんは、外に出て水を飲む。


「いくよ。よいしょ!」

「よいしょー」


 ボクら二人はうちわを上下させ、みんなに熱を浴びせる。


「あー、いい気持ちだわ!」

「ホントね。汗がにじみ出てきたわ」


 マミちゃんとトシコさんは、リラックスしながらロウリュを楽しんだ。


「いいですな」

「先に上がったほうが、牛乳おごりな」


 ケイスさんとネウロータくんは、ドボドボと汗を流し耐久をしている。二人共腕を組んで。


 仰いでいるボクたちも、汗が止まらない。


 ククちゃんチームを見ると、やたら踏ん張っていた。なぜか、二人共が胸を抑えながら。


「風を、弱めましょうか?」

 うちわを止めて、ボクは二人に呼びかけた。


「大丈夫ですわ!」

「はい。お構いなく」


 タオルが落ちそうなほど、汗をかいている。


 やせ我慢にしか見えないんだけど?


「よっしゃ! みんな上がるんじゃ! 温めの打たせ湯があるから、そこで汗を流してくれんかのう!」

 ソーから、ストップがかかった。


 一〇分も入っていたなんて。


「汗を流すのはマナーだが、それだけじゃない。急な温度変化を起こさないためだ。これから、水風呂に入るからな」

 セーラさんが、そう教えてくれた。


「チサちゃん、楽しかった?」

 サウナのすぐ横にある打たせ湯で、汗を落とす。


「またやりたい!」


 楽しかったみたいで、なによりだ。


「水風呂へ行くんじゃ! ただし、浸かるのは二分間だけじゃけん!」


 汗を洗ったら、水風呂へ入る。


「くうううう!」

「冷たいいいい!」


 全身を震わせながら、水に身体を沈めた。


「身体を丸めるんじゃ! 心臓への負担が軽くなるけん!」

 ソーが、水風呂の秘訣を教えてくれている。


 だが、それどころじゃない!


「まだですか?」

「全然じゃ! まだ一分も経っとらん!」


 無慈悲! 


「でもダイキ、ちょっとだけ楽になってきた」


 チサちゃんの言うとおり、水の冷たさに身体が順応してきた。それでも冷たいのは変わらないけど。


 歯を食いしばりながら、冷気に耐える。


「よっしゃ! お疲れさん! 後横になるんじゃ! それで整うけん!」


 全員が、勢いよく水から上がった。

 広々としたスペースに横たわって、外気に当たる。


「頭がフワフワする」

「そうじゃろう! これが『ととのっている』状態じゃ!」


 起き上がれないくらい疲れていた。でも、宙に浮くくらいの気持ちよさがある。


「これが、オーガズム!」

「違うよ。トランス状態っていうんだ」


 チサちゃんの発言を訂正した。



「お疲れさん! これでロウリュ体験は終了じゃ! もう一回やっていくかの?」

「十分です。ありがとうございます」

「じゃあの!」


 数分リラックスした後、ボクらは清々しい気分でサウナを出る。

 浴衣に着替え、コーヒー牛乳でくつろぐ。

 

 セーラさんがこちらに歩み寄ってきた。ボクたちに頭を下げる。



「今日はありがとう。特別なスタンプを贈ろう」

 セーラさんが、スタンプをくれた。金色だ。


「ありがと」

「礼を言うのはこちらだ。感謝する。いつもは、こんなにヘバらないのだが」


 歴戦のサウナーでも、疲れることはあるんだろう。


「人が多かったからでしょう。忙しかったんですよ、きっと」


「また来てくれ。サービスする」

 そう言い残して、セーラさんは仕事場へ戻っていく。


「まさか、ビックリよね」

 着替え終わったトシコさんが、ボクに話しかけてきた。


「何がです?」


「ククちゃんとヨアンさんよ。二人共、女の子だったわ」


 えっ⁉

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