悪役令嬢 クク・ブリリストリッシュⅣ世

 カリダカの当日を迎えた。


 決戦当日まで、ボクは慣らし運転しかしていない。

 しかし、ボクはうまく運転できる確信はあった。

 トレーニングに付き添ってくれたオンコからも、太鼓判を押されている。


 今まで運転されてなくて、ひょっとするとハチシャクは錆びついている可能性があった。

 けれど、一度魔力を流し込んだら、往年の走りを見せてくれたのである。

 今まで倉庫の隅で眠っていたなんて、ウソだったかのように。


「落ち着いていこうよ。カリダカは、レクリエーションだからね」

 今日のオンコは、服装もメカニックらしい。全体の色合いが、地味目のベージュだ。ショートパンツのポケットには、スパナが収まっている。


「分かってる。でも緊張するー」

 ハンドルを握る手が汗ばんできた。

 こんな序盤でプレッシャーに押しつぶされてどうする?


「あら、ダイキじゃない!」

 ブルンブルンと、バイク音が鳴り響く。


「マミちゃん!」


 案の定、スーパーサブを手に入れたのはマミちゃんだった。

 マミちゃんはケイスさんの運転で、サイドカーに乗っている。


「このバイクすごいわ! サイドカーからでも運転できるのよ!」

「お言葉ですが、マミ様。運転はこちらでいたしますので、計器類を触るのはご勘弁を」


「あなたは口を挟まないでよね、ケイス!」

 マミちゃんが、何かのスイッチを押した。


「ウブブウブ!」

 シートが振動し、ケイスさんの表情が蕩けだす。


 スタンプラリーでも、相変わらずのようだ。


「ウフフ、こんにちは。お久しぶりね」

「トシコさん、ネウロータくんも」


 上条カミジョウ トシコさんが、ボクの左に車を止めた。マミちゃんとボクの車両を挟み込むように。


「アメ車ですか?」


 トシコさんの運転する車は、コンバーチブルのアメ車だ。車体が、ブルーに輝く。


「そうなの! かっこいい車を探していたら、これがビビッときて」


 幌がついていて、雨の日も安心である。


「ぼくくらいになると、これくらいでないとな」

 助手席のネウロータくんが、ふんぞり返った。


「地球産の映画を一緒に見た影響じゃない」


「ば、トシコさんバラさないでよ!」

 顔を真っ赤にして、ネウロータくんが焦りだす。


「どんな映画を見たんです?」


「普通の女性二人が、殺人罪で警察から追われる映画よ」


 ボクもその映画は見た。

 オープンカーに乗って逃げるんだっけ。


 他の車両も個性的である。ドラゴンに乗っている魔王。トゥクトゥクなんて用意している魔王までいた。


 中でもすごかったのは……。


「オーッホッホッ!」

 リムジンの天井に仁王立ちしながら、高笑いをする少女が。

 いわゆるゴスロリという衣装で、袖にもロングスカートにも、フリルがついていた。暑そう。


「優勝はこのアタクシ、クク・ブリリストリッシュⅣ世がいただきますわ! 愚民ども、このクク様の前にひれ伏しなさい!」

 また、ククというお嬢様が高笑いする。


 あんな笑い方をする悪役令嬢なんて、生ではじめて見た。


「チサちゃん、あの子は誰?」


 やけに偉そうだけど。


「クク・ブリリストリッシュⅣ世。偉大なる吸血鬼の末裔」


 吸血鬼? ってことは。


「チサちゃんはサキュバスだよね? となると、ライバル関係?」


「かもしれない」


 恐ろしい敵の予感がするのに、チサちゃんはノンキである。


「あら、そこにいるのは、チサ・ス・ギルじゃありませんこと?」


 ククという令嬢が、ボクたちのところにまで歩いてきた。チサちゃんに向かって、ビシッと指をさす。


「今日という今日は負けませんわよ! 今まで直接的な対決はありませんでしたけど、ワタクシはあなたをずっとライバルだと思っていましたわ! 偉大なるヴァンパイアが、同類のサキュバスに遅れを取るわけにはいきませんもの!」


 その割には、かなり上から目線だけど。


「覚悟なさい。最後に笑うのはこのクク様だってことを! オーホッホッ!」


「ククお嬢様、挑発はそれまでになさってくださいませ」


 リムジンの運転席が開き、一人の少年が飛び出してきた。

 短い髪を一本に結び、中性的な声をしている。背はトシコさんより高い。


「お嬢様が失礼をいたしました。さぞ無礼を働いたことでしょう。不詳、この玉座であるヨアンめがお詫び致します。どうぞ、ご勘弁を」

 丁寧な口調で、ヨアンさんという少年執事が頭を下げた。


「キミが、玉座なんだ」


「はい。ヨアンと申します。ラリー中は、ご面倒をおかけすると思いますが、何卒ご容赦を」


「ダイキです。チサちゃんの玉座をしています」


「存じ上げております。我と同じ、地球人だとか」


 ボクの他に、地球人が?


「またも、地球人の玉座か。ライバル出現ね」

「そうですね、トシコさん」


 このヨアンくんという子も、強いんだろうな。


「ちょっとヨアン、他の魔王にヘーコラなさらないの! 品格が落ちますでしょ⁉」

 ククちゃんが、ボクたちの会話を遮った。


「はは、失礼しました。ククお嬢様。それでは、お話はラリー中にでも」


「わたくしの配下に鞍替えなさるのでしたら、今のうちですわよ!」

 ボクらを指差して、ククちゃんが挑発を行う。


「ククお嬢様。決着はラリーでつけます。それまで闘志は温めておくべきかと」


「それもそうですわ! では、ごきげんよう!」

 高笑いをしながら、ククちゃんは去っていく。

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