誰もいない100M

100M

 たかが100M、その距離は俺たちの過去も未来も消し去り、たった1人の勝者を讃える。


 勝敗のつけ方はシンプルで、

1番速くゴールにたどり着いた者の勝ち。


 子供でも分かるほど単純な勝負は

純粋に、ただまっすぐに心に感動と落胆を

与える。


 いつも俺は2位だった。

県大会でも全国の決勝でも俺は2位だった。


「全国で2位って凄いじゃん! 」


 そう言われた事は腐るほどある。

でも俺には、あいつには勝てないよ、

と銀色のメダルを渡されているとしか思えなかった。


 一度でいいから、鈍色にびいろに光る銀ではなく、

眩いばかりに光り輝く金を手にして見たかった。


 中川なかがわ 隼人はやと、それが100M全中3連覇、

インターハイ2連覇している男の名だ。


 同じ県だが違う高校で、俺の全国2位という

快挙は自分の学校とか親戚といった近い

テリトリーにしか浸透せず、雑誌やテレビや新聞などの全国に広がっていくのは中川 隼人という名前だった。


 そんなあいつの陰で俺はずっと2位を取り続けたため、一部の雑誌では唯一のライバルだと、もてはやしていたりするが大抵は

時代に恵まれなかったとか一世代前なら

天下を取れた逸材とか悲劇の主人公扱いだ。


 でも不思議と悔しさは込み上げなかった。

今思うと、あいつには勝てないのだと本能で気づいていたかもしれない。


 中学生の頃は悔しさが先立っていたが

最近では負けても、心が波立つことが無かった。


 中川の足は走る事に特化しており、筋肉の付き方、柔らかさ、関節の柔軟さなど努力だけではたどり着けない才能がそこにはあった。


 絶対的な速さに置いていかれた俺は

ただ歯を食いしばって下を向いて全力で

走ることだけだった。


 強く跳ね返す大地の反動、頬に当たる風の

感触、跳ね上がりそうな心臓、全身は沸騰しそうなほど熱を持つ。


 全力で走る俺の目の前にいる中川。

頭がぼやけ始めて、目の前の1位がカスんでいく。


 でもこれだけはハッキリと分かっていた。

俺は全力疾走していて、あいつには追いつけないのだと。


 嫉妬なんて追いつかない、憧れすら置き去りにする。それが絶対的な速さなのだと。


 この時の俺には中川に勝つとか速くなりたいという気持ちは無くて、違う望みが1つだけあった。


【俺の手であいつを負かしたい】


 その願いは望まない形で叶う。

まだ俺はその事を知らない。


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