第52話:決断

「アイザック達が入り口を見つけたようだ。僕たちも行こう」

「は、はい」


 クルトさんが甘い。これはもしかしなくても、思い違いでもなくて、告白されたのだよね。


『僕の気持ちは、だから』

『ミヤ、好きだよ』


 ウハーーーーー!

 って、ソ ウ イ ウ コ ト?


 っていうか、わたし返事もしてないのに!まさか酔っ払って返事したのか、わたし!


 唇も一度となく奪われた。今回は酔い止めの薬とか関係なく、大人のキスで頭の中が真っ白になってしまった。聡とのキスなんて子供騙しだったと思えるほど。唇の感触が蘇って腰が砕けそうになるミヤコだったが、冷静になって、これはどうしたものかと考える。


 まず一つ目に。


 バーズの村で酔った時に何かやらかしたのは違いない。破廉恥な行動をとったのはヒルダにも指摘されたし、クルトさんに迷惑をかけた。それ以上に、クルトさんに告白を言わせざるような事をしてしまったのではないか。


 二つ目に。


 クルトさんは責任感が強い。わたしが討伐についてきたことに対して、仕方なく責任を取ろうとしているのではないか。彼のお店とわたしのクローゼットが繋がっていたから、最初に出会ったのが自分だったからと何かしらの責任を感じているのかもしれない。討伐隊のみんなも遠巻きにしているし、アッシュさんやルノーさんが盛大なため息をついてるのは、つまりそういうことなのではないか。


『かわいそうに、ハルクルト隊長あんなのに引っかかって…』


 何て言われてるのではないだろうか。


 極めつけに。


 そもそもわたしは、皆に、この国に迷惑をかけた。そのことだけでも心に重い。クルトさんは討伐隊員さん達を見ればわかるように信望もあるし、情に厚い。そんな彼がわたしに優しく接するから、皆もわたしを受け入れてくれてる。その優しさの上にあぐらをかいて、迷惑をかけているのは分かる。


 だから、今回の討伐にも参加するのを決めた。瘴気をなくして、森を元の状態に戻すこと。みんなの生活を瘴気なんかに脅かされないものにすること。これはわたしの責任であって、本来ならクルトさんに守られるような立場ではない。


 西獄谷ウエストエンドが浄化されるまでの責任をクルトさんは王子から命を受けた。それにはわたしの歌が必要だから、一時的な庇護と監視を担わなければならない。


 結論から言って。


 クルトさんの情愛を受け取る権利は、わたしにはない。………のでは無いだろうか。


『ミヤもわかってると思うけど、戦士や討伐隊員はほとんど全員が男だ。そんな中に無防備な君を突っ込んだらどうなると思う?』


 これだってクルトさんの責任感からくるものだろう。全ての行動が、わたしを守るためにとっているのだとすれば納得もいく。感情に流されてはいけない。誤解しちゃダメだ。迷惑をかけちゃダメだ。


 でも好きって言った。いや、でも。最初に戻る。


 ………。


 ……うん、仕事しよう。


 それで、こっちがきちんと片付いたら、向こうに帰って、それで…… 終わりにしよう。隊員さん達にも心配をかけないように誤解を解いておかなくちゃ。


「まずは討伐ね。頑張れミヤコ」


 マロッカの首に抱きついて頭を埋め自分を奮起させると、ミヤコはアイザック達の方へと向かった。



 ***



「…よう、ハルクルト。おめでとうっていうべきなのかね」


 アイザックがマロッカに抱きつくミヤコを遠目に、先に近づいてきたクルトにボソッとつぶやく。


「何が?」

「いや、だから。めでたくカップリング?」

「……いや。まだ……ミヤの気持ちは聞いてない…」

「……はあ?そんでキスしたの?」

「……む」


 口ごもるクルトにルノーは呆れた声を上げる。


「えぇ?隊長、それ順番違うんじゃないっスか…」

「…うるさい」

「ミヤさんの気持ちも聞かずにって、マズイんじゃないですか」

「あんな分かりやすいショール渡しといて、まだそこなのか」

「お前らには渡さん」


 アッシュもそれは、と眉を寄せるがクルトはギロッとアッシュを睨む。それに対してアッシュは慌てて両手を挙げ、けん制する。


「誰もとりませんよ!あんなに殺気振りまかれて…」

「ミヤは鈍いし無防備だし…あのくらいしないと…」


 ぶつぶつ言いながら顔を赤らめ、ヘタレから一変豪胆へと変化を遂げたクルトに呆気にとられる隊員達だったが。


「合意の上でもなくあんなことして、嫌われてないといいっスねー」

「……っ!」


 一言多いルノーだった。




 ***




「そんじゃまひとまず封印を解くけど、念のため結界を張っておいてくれ。何が出てくるかわからん」

「了解」


 アイザックが封印に手をかざし、何かを呟くと精霊達が輪を作り封印の周りを取り囲んだ。


封印解除シール・アセンション


 ほんのり青く光りを放っていた封印が色褪せていき、オレンジ色に変わる。その光が強く輝いたかと思うと、封印のあった場所にはぽっかりと穴が開き、石の階段が地下に向かって続いていた。ひんやりした地下の風が吹き込んでくる。


「この階段は亜空間につながっているらしい。収納魔法と同じ原理が働いている」

「生きた者が入れるのか?」

「……のはずだが、俺も初めてだしな。まず俺が入る」


 精霊がアイザックの周りに集まり、アイザックは階段へと足を踏み入れた。精霊の光がぼんやりと周囲を照らす。一段階段を降り、アイザックの体が半分ほど暗闇へ消える。精霊の見えない隊員達はアイザックが消えていくように見えるのか、青ざめて騒めいた。


「俺は大丈夫だがな、精霊の見えない奴は無理かもしれん」


 アイザックが一旦階段から出てきてそう告げた。


「誰か試してみるか?」


 隊員達はざざっと後ずさり、首を横に振った。それを見てクルトが小首を傾げる。


「僕が一緒に行こう」


 クルトが言うと、それに頷いたアイザックが口を出した。


「おう。それと、精霊王の愛し子がいれば安心だな。嬢ちゃんも来い」

「アイザック!ミヤは…」

「おいおい。腑抜けんなよ、ハルクルト。嬢ちゃんは目的があってここにいるんだろ。文献を見つければ西獄谷ウエストエンドの浄化法もわかるかも知れんぞ」


「わかりました。ご一緒します」

「ミヤ…!」

「だってクルトさんも一緒に行くんですよね。精霊もいるし、大丈夫ですよ」


 にこりと笑ってミヤにそう言われては、クルトもぐっと息を呑むしかない。アイザックはヘッと鼻を鳴らした。


「クク、調教されてんな。よし、じゃあ俺たち3人で文献を探す。残った奴は引き続き警戒をしていてくれ。グルトンワームがまだいるかも知れんし、他の魔獣も要注意だ。それと……ルノー、お前にこれをやる」

「何っすか、これ」


 ぽいっとアイザックから投げ出された腕輪を受け取ると、ルノーはしけじけとそれを眺めた。


「伝達石だ。使い方は……わかるな?」

「…ういっす」

「なんだ、その伝達石ってのは?」


 アッシュが怪しむようにルノーとアイザックを見比べる。


「お前たち、何か隠してるのか?」


 視線を鋭くするアッシュに、ルノーはちらりとアイザックを見て反応をうかがったが、アイザックは肩をすくめて「お前に任せる」といい階段へと降りていった。


「しょーがないっスね…」


 ルノーは不思議そうに様子を見守っている隊員たちを見渡して、意を決した。


「隊長とミヤさんは、さっさとアイザックに付いてって下さいよ。詳しくはアイザックから聞いてください」


 クルトは頷くと、ミヤコを促して階段へ向かった。


「アッシュ、あとは頼んだぞ。戻ってきた時に全員がここにいてくれることを願うよ」


 クルトが最後に一言言い放ち、階段はぼんやりと光に包まれ、その穴は空に消えていった。



 ***



「さて、と。アッシュ隊長と討伐隊員方あなたがたにも説明が必要っすね」

「事によってはどうなるかわかってるんだろうな、ルノー」


 アッシュがルノーに説明を求める。


 ブンッと結界が張られた音がして、はっとした隊員達が体を硬くする。

 ゆっくりと振り向いたルノーの顔からは普段のヘラッとした笑顔が消え、一変して鋭い視線で全員を見渡す。


「まあ、そうっスね……本当は全員は巻き込みたくはなかったんっスけど、時期が迫ってんで。……事によっては、貴方方をす事にもなりかねないんで、心して聞いてくださいよ」


「っ!」

「ルノー、貴様…」


 討伐隊員達の間に緊張が走った。

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