第50話:ハーフラ遺跡

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「ありゃあ、反則だろ!」

「あれがミヤの力だと言ったじゃないか。昨日だって見ただろう」

「昨夜の結果はみたが、実際を目にするとは違うだろ。こんなことができるなんて!太刀打ちできねえだろ、魔性植物なんか」


 アイザックは興奮冷めやらず、ミヤコとクルトに捲し立てていた。クルトはまたか、といった感じで軽くアイザックをあしらう。


 ミヤコたちはハーフラ遺跡に来ていた。紫に近い瘴気を放っていたジャングルは、死に絶えたツタと崩れ落ちた元屋敷だったであろう建物の瓦礫、水の枯れた楕円の噴水跡などを残して、広葉樹が疎らに生えた遺跡に変わっていた。


 ミヤコの植えたミントが地面を這い足を踏み均すたびに、爽やかな香りが広がる。清浄な空気と広葉樹の木々から射しこむ木漏れ日に、つい先刻まであった禍々しさはすっかりなりを潜めていた。


「そもそも魔性植物は汚された精霊なんですよ。病気になった精霊たちなんです」

「なんだそれ」

「悪質な気に当てられて、歪んだ精霊ってことです。だからその気を直せば、精霊たちも大体は助けられるんです。まあ余程の精霊は浄化天昇されちゃうんですが…」

「ああ……それで精霊が増えてるのか」


 クルトも納得したようにうんうんと頷く。ミヤコたちが緑の砦を出た頃の精霊の数は、浄化された精霊達も加わって倍以上に膨れ上がっていたのだ。ブンブン音がするほど飛び回っている。


 確かに、とアイザックもハエを払うように顔の前で手を振った。


「みんなが女神だなんだっていうわけだよな」

「それはそれで困るんですが」

「いいじゃんか。拝まれて祀られるんだぜ?」

「嫌ですよ。私は魔力なしで結界魔法で守られる立場なんだし」


 ちらりとアイザックを横目で見れば、アイザックはうっと後ずさった。


「わ、悪かったよ。あれは、過小評価しすぎた」

「そうだな。あれはアイザックが悪い」

「ええ?アイザックさん、そんなこと言ったんッスか」

「だ、だから悪かったって」

「本当のことですからいいですよ。この歌だって、精霊の力であってわたし自身の力じゃないし」

「なーんか、嬢ちゃん自信ないなあ」


 だって、この能力は諸刃の剣だから。


 そう言いかけてキュッと唇を噛み締める。


「実力じゃないことに自信持っても褒められませんから。それより!ここで魔獣が出てきてもわたしの歌では退治できませんから頑張ってくださいね!」


「そうだな。瘴気が濃すぎて魔獣ですら住めなかったか…あるいは」


 クルトがそう言いかけた時、討伐隊員がざっと守るようにミヤコを囲むと周囲を見渡した。一瞬にして気が張り詰める。


 殺気。


 ミヤコにですら肌に刺さる視線に肌が泡立った。


「ミヤ、マロッカに乗れ」

「は、はい」


 白マロッカがミヤをすくいあげると、クルトが風結界をマロッカとミヤに掛けた。


「ミヤを頼んだぞ」


 クルトは前方を睨みつけたまま、マロッカに声をかける。マロッカは当然というように、ブルと鼻を鳴らし興奮ぎみに足踏みをした。


「来るぞ」


 ガサッと音を立てて、崩れ落ちた瓦礫の上に立ち上がったのは巨大な蜘蛛だった。


「レッドバック!」


 レッドバックと呼ばれた魔虫にはサソリのような尻尾があり、頭の上から威嚇している。背中には血のシミのような斑点があり毛だらけの足には鎌のような刃が並びついていた。黒い体に対照的に青い目が何個も付いていて口許がしゃくしゃくと動いている。


 ミヤコには特別蜘蛛が嫌いという感情はなかったが、これは別格だ。長い足で支えたぼってりした体がゆらりゆらりと左右に揺れる。


「ちょろいな」


 クルトがぽそっとつぶやいた。


 ――ちょろいのか!?


 ミヤコは心の中で驚いた。


 クルトの体の何倍もある巨大蜘蛛にちょろいとは!おそらく何度も倒したことがあるのだろう。隊員たちはジリジリと外枠を埋める。アイザックに至っては鼻をほじる余裕もあって「んじゃ、お前やれよ」とつまらなそうにいった。さっきの殺気はなんだったんだという勢いである。


 次の瞬間、クルトが瞬間移動したかのような速さで蜘蛛の腹下に入り込み蜘蛛の腹を切り裂いた。切り裂いた腹から、うぞうぞうぞっと子供が飛び出してクルトの上に降り注ぐ。が、即座に炎魔法が上がり、クルトに襲い掛かった子蜘蛛集団は瞬時に消滅した。


 大蜘蛛の腹の下からお尻に向かって滑り出したクルトは、尻尾を両断し風結界で離れた尻尾を包み込み、その中で瞬間焼却を済ませ飛び上がったかと思うと、頭部を体から切断した。


 どしゃっと頭が落ち、しばらくして体を支えていた足が崩れ落ちた。


「え?」


 隊員たちがわらわらと蜘蛛の体に集まり、足についた鎌を取り外していく。足を切断し体を割いていく動作をぽかんとして見つめるミヤコ。鳥肌はたったが、叫ぶ暇もなかった。


「終わり?」


 と思った瞬間、茂みからカマキリのような虫の大群が飛び出してきた。マンティーザの集団だ。


「うわ!」


 ミヤコが驚いて飛び上がった。


「お前の番だ、アイザック!」


 クルトが叫ぶとアイザックが大剣を構え、カマキリの大群に備えた。


「マンティーザなんざ一振りで十分だ!」


 アイザックがブンっと大剣を振るうとその風は衝撃波となってマンティーザの群れを薙ぎ払う。


 たったひと振りで何十匹といたマンティーザの大群は体を二分されバタバタと地面に落ちる。それを他の隊員たちは炎魔法で焼却したり、地魔法で埋め立てたり、と迅速に対処していく。


「はっ!相変わらずだな」

「ったりめーだ。伊達に戦士はやってねえ」

「す、すごい…!」


 もしかして、この人たちめっちゃ強い?


「素材確保しました!」

「よしご苦労」


 隊員は巨大蜘蛛の解体を終え、どうやら素材に使えそうなものを既に回収したらしい。仕事が早い!


 だがクルトとアイザックはお互い頷きあうと、もう一度蜘蛛がいた方向を見て剣を構えた。クルトは両手に、アイザックは大剣を両手で支える。


「全員下がれ!土魔法を使える奴は地崩し系の魔法を使え。風防御エアガードを忘れるな」


 ずんっと地面が揺れた。


「……でかいな」


 少しおいて、また地面が揺れる。何かが近づいてくる。マロッカたちが怯えて嘶いた。


「な、何が来るんだ?」


 隊員の一人が狼狽えた。


 ずっ、と地鳴りがして足元が緩んだ。


「あっ!?」


 ミヤコを乗せたマロッカが立っていた地面が一瞬にして盛り上がり地面にぽっかり穴が空いた、と思ったらその穴から大口を開けた何かがミヤコとマロッカを風結界もろとも飲み込んだ。


「ミヤ!」

「させるかよ!」


 クルトとアイザックが同時に叫ぶと口が閉じるよりも早く、二人ともその中に飛び込んだ。


「アイザックさん!」

「隊長!!」

「ミヤさん!」


 隊員たちも一瞬の間をおいて叫び、何人かが地崩しの魔法を使い、撤退しようとする魔獣の動きを撹乱させ、何人かは風魔法を使い掘り起こされた魔獣を地中から引き上げた。


 引き上げられたのは10メートルはあるだろうグルトンワームだった。短い毒針でもある体毛に覆われた土色の毛虫である。目が無い代わりに振動で食べ物の位置を的確に探り、行く先々にあるものは、ブルドーザーのようになんでも食べる。土中の移動は水中の魚のように早く、逃げられたら最後、追いかけることはほぼ不可能な魔虫だ。そのため地崩しや水魔法で潜らせないようにし、地面から切り離す必要があった。


「でけぇ!」

「飲み込ませるなよっ!」

「アイッサー!」


 残された隊員たちも必死になってグルトンワームを空宙で抑え、強化魔法を使って土をコンクリートのように固めた。

 ミヤコたちが飲み込まれた体の一部分が異常に膨れ上がっているのを見て、アッシュはその少し下部分を圧縮魔法を使って締め付けた。これ以上飲み下されないようにするためだ。

 ワームは苦しげにのたうちまわる。

 アッシュの圧縮魔法で押さえつけるには敵は大きすぎた。

 脂汗をかいてぎりりと締め上げるが長くは持たない。


「ハルクルト隊長!アイザックさん!早めに願います!」


 アッシュがそう叫ぶのとほぼ同時に、ワームの内側からキュルンと緑色の霧が立ち上った。


 ぶしゅっ


 霧だと思ったそれはワームの体液で、クルトが放った殺空波エアロブレードで輪切りにされた心臓部から上部がずるりと落ちた。

 落ちたワームの体からアイザックが這い出て、ひゅん、ひゅんと大剣を片手で振るうと落ちた体はぶつ切りにされ、しばらくビチビチと動いていたがその後動かなくなった。


 アイザックはゼイハアと肩で息をして膝に両手を乗せて体を支えた。


「く、臭かった…!」


 断ち切られた体からクルトが風魔法でミヤコとマロッカをふわりと運び出すと、衝撃波がワームの体を中から引き裂いた。バラバラになったグルトンワームの体が周囲に飛び散って、全員に緑色の体液がかかる。


「うわ、クッセェ!」

「隊長〜〜!?」

「全員が臭ければ誰も文句ないだろ」


 クルトはニヤリと笑い、ピッと剣を振るって体液を剣から払うと鞘に戻した。


「グルトンワームは断裁しない限りそれぞれの格から再生を繰り返す。今後グルトンワームと対戦することがあった場合、全ての部位にある核を壊すことを覚えておけ。でなければエンドレスに増え続ける」

「うわあ…嫌な敵だな」


 隊員達はげんなりして口々に言った。


「アイザック、無事か?」

「お、おお。鼻が溶けてなくなるかと思ったがな」

「これのせいで他の魔獣がいなかったんっスね」

「全部食われてたってことか。助かったと言えば助かったのか…」


「ミヤ」


 全員の無事がわかるとクルトはミヤコに向き直って結界に手を置いた。


「もうしばらく結界の中にいたほうがいい。ワームの体液は死ぬほど臭いから」

「だ、大丈夫です!わたしもみんなと一緒に!」

「嬢ちゃん、気持ちはありがたいけどよ。あんた、瘴気ですら臭いと思うんだろ。多分これを嗅いだら昇天するぞ」

「そ、そんなに…?」


 想像を絶するであろう匂いに、ミヤコもこれ以上結界を解けとは言えず黙り込んだ。そしてクルトの作った風結界の綿密度に感謝するのであった。


 火魔法の使える隊員が引き裂かれたワームの体を焼却し、土地魔法で炭化した部位を土に戻していく作業が終わるとようやく浄化魔法を使って全員が汚れを落とし、ミヤは結界から解放されたのだった。

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