第49話:想い
「気まずい…」
ミヤコに薬草は効かない。
討伐に出かける前に気がついた事実。ミヤコが持ち込んだほとんどの薬草は、ミヤコの世界で効く程度にしか効果が出なかった。魔法回復は効くかもしれないと回復魔法をかけたら魔力酔いを起こしたこともあって、回復が必要な怪我をしない限り試すこともできなかった。
ミヤの祖母、君代が「原生の薬草なら抗体がないから効くかもしれないわね」とつぶやいた時から試行錯誤を重ねて、僕は幾つかの薬を作ってみた。中和剤はそのうちの一つだ。ミヤコの体は魔力を作らないし、取り入れた分だけ行き場を失った魔力が放出されず、魔力酔いを起こしてしまう。それは二日酔いに近いものだとミヤコは言った。頭痛や吐き気、喉の渇きなどがそれだ。
ミヤコにとってこちらの食品や薬草はどうやら効き目が高いようだ。子供でも飲めるマロッカミルク酒も適度に飲まない限り、二日酔いを起こすらしい。初めてマロッカ酒を飲んだ日に、家に戻って日本酒を飲んだらひどい頭痛に見舞われたと言っていた。
そして昨日のザクラ酒にポムの果汁。ザクラ酒だけでもミヤコはおそらく酔っただろうが、温泉で
――中和剤が効いてよかった。
ハンデスの媚薬効果も今朝はすっかり無くなっていたし。どさくさに紛れてまたキスをしてしまったが。それ以上は何もしていない。ただ隣で寝てしまっただけだ。ただ周りはそう思っていないようだ。ルノーの目がやけに暑苦しい。アッシュもちらちらと見る割に、目を合わせようとしない。
――アイザックは……あいつはいつも通りだな。まあ、誤解させておいたほうが安全といえば安全だが…。ミヤが普通に話してくれないのは、やはり気まずいな。誤解は解いておいたほうがいい、か。
「ミヤ」
「ひえっ!?ヒャい?」
――う。そんなに怯えなくても。
「あの…昨夜なんだけど、ミヤは魔力過多で急性中毒症を起こしていたんだ。それで中和剤を飲ませたわけで。その…すまなかった」
「え、あ!そんな。わたしの方こそすみません。なんか覚えてないんですけど、い、色々ご迷惑をおかけしたようで…」
「うん、いや。結果的には村には被害よりも恩恵が多かったし。ええと、それと寝室のことなんだけど」
「う、あ、は、はい」
「何もしてないからね?」
「ヒャ…ヒャい」
――ああもう。可愛いな。
「あと、ショール、は…覚えてるかな?」
「え、ええと」
「……まあ、僕の気持ちは、そういうことだから」
「………え」
*****
バーズの村人たちに頭を下げて歩いたミヤコだったが、全員が感謝こそすれど文句を言われることはなかったので、ホッと胸をなでおろした。
「ミヤちゃんはお酒飲まないほうがよさそうだけどね!」
「魔力なしだから食事も気をつけなよ」
「パナイヤの実は栄養効果が高いから、たくさん食べてこっちも育てなさいな」
と自分たちの胸をぐっと持ち上げる村の女たちに、真っ赤になったのは言うまでもない。
そうして慌ただしく旅の支度をすませると、クルト率いる軍団はアイザックも交えて出発した。今回も白マロッカに、ミヤコの後ろにクルトが乗り先頭を切って進んでいく。
「グレンフェールに行く前に一つ寄ってもらいたい場所がある」
出発前にアイザックがクルトと話をしていた。ミヤコにはよくわからなかったが、クルトが難色を示していたことからもしかすると危険のある場所なのかもしれない。
ハーフラという遺跡だ。
もともとずっと昔の領主の屋敷があった場所だったが、町が崩壊してから魔獣が住み着き、放置されたままになっている。だが、ここ数年その魔獣も姿を見せていないらしい。もしかしたら死に絶えたか、移動したのかも知れないという。だが瘴気を吐く植物はまだ残っているのでそれも排除したいとアイザックは言った。
「そこの史書館に古文書が残されていてルブラート教について詳しい事が解るかもしれない」
ルブラート教の実態は詳しく知られておらず、聖女の力についても結界と浄化魔法以外解っていない。
「そもそも聖女とルブラート教の関係もあやふやだしな。聖女がどこから来たのか、どうしてミラート神を敵視しているのかも」
ああ、それね。ひょっとすると吃驚するくらいくだらない理由かも知れないんだよね。黙って聞きながらミヤコは精霊王との会話を思い出していた。
「魔性植物ならわたしの歌でなんとかなると思いますが、魔獣は退治できませんよ」
「そのためにオレ達がいるんだから、お姫様はハルクルトの結界の中にいればいい」
はっとアイザックは笑った。ミヤコはちょっとムッとしたが、戦闘に対して役立たずなのは本当のことだ。仕方がない。肩をすくめた。
「ミヤは僕が守るから気にしなくてもいい」
クルトは少し腕に力を込めたが、そう言って柔らかく笑った。
***
『……まあ、僕の気持ちは、そういうことだから』
ショールについて、クルトがそう言った。
ミヤコの中でショールについての会話は記憶からすっかり零れ落ちていた。
僕の気持ちって。
そういうことって。
どういうこと?
でも確か、このショールは攻撃防御のためとわたしの立場を守るためって言ったよね?
『この国で自分色のショールを送るのは生涯の約束をした人にだけなのよ』とかなんとか、女の人たちは言ってたっけ。
ショールの赤はクルトさんの髪の色。
緑の幾何学模様はクルトさんの瞳の色。
全身を包み込むショールは「君を守る」心の表れ。
まさか生涯の約束をされたのか?
それってプ、プロポーズ?されたのか?
………なんで覚えてないの、わたし。
もう一回言ってなんて、言えない。
ぎゅっとショールを握りしめる。
「最悪……」
*****
「あれが、ハーフラ?」
まるで砂漠に浮かぶオアシスのように陽炎のように浮かぶ森。ただそれはオアシスとは呼べない禍々しい空気で覆われていた。ジャングルと言ってもいいような森は広葉樹に覆われ、ツタが朽ち果てた建物に絡みついてその形を留めているだけ。
「瘴気が色濃いな」
「臭い……」
吐きそうな匂いだ。
「これ以上近づいたら、わたし吐きます…」
「嬢ちゃんは、瘴気の匂いがわかるのか?」
「この匂いはですね、一年くらい履いて洗っていないブーツにゲロって、その中に1ヶ月くらい洗っていない靴下を突っ込んでゴミ捨て場に入れたような匂いです」
「ぐっ…。そういうディテールは要らんが、そんなものを匂ったことがあるのか」
「ないですけど、なんかイメージ的にはそれぐらい…」
「その素晴らしい想像力は置いといて。なんとかなるか、ミヤ?」
「う…そうですね」
ミヤコは考える。普通の浄化の歌ではこのどす黒い瘴気はすぐには消えないだろう。もっと強い浄化方法は…。
精霊の
「即興ですが、やってみます。まずはペパーミントをここから成長させて…」
ミヤコはマロッカから飛び降りて、バックパックを探りペパーミントの種を取り出した。
パラパラと地面に蒔き、水筒の水を与える。
静かに成長の歌を歌うと、ペパーミントが芽を出し歌の抑揚に沿って成長していく。隊員たちは何度も目にする光景を息を潜めて見守っているが、アイザックにとって、実際にミヤコが植物を成長させるのを見るのは初めてだ。数歩後ずさり、目を皿のように開いた。
ペパーミントは大きく大地に広がり、ハーフラの遺跡方面へと影のように伸びていく。
「精霊さん、力を貸してね」
ミヤコは即席で作った鎮魂歌と浄化の歌をミックスして歌い上げていく。
「クルトさん、風をハーフラまで届けてください」
「わかった」
風魔法の使える隊員も理解したように前に出る。
アイザックの目にはミントの葉の上に黄金のフィルターがあるかのように、精霊が風に乗って遺跡へと走り抜ける。ミヤコの透明感のある声が大きくなり風が舞い上がると、ゴッと地面が揺れ一丸となった精霊が大きな手の形を作り瘴気を横手に振るように薙ぎはらった。
途端に魔性植物で出来上がった森が怒りに荒れ狂う。とてつもない殺気がミヤコたちに向かった。
アイザッックは息を止めてミヤコを見た。当然剣を構え、いざという時には飛び出していく覚悟はできている。とはいえ、あれだけの量を捌けるかはわからないが。
(すげえ殺気だ。どう出る、嬢ちゃんよ)
ミヤコは一旦歌をやめて森を見つめた。その目には怒りも恐れもない。あるのは慈愛。
精霊たちは形を崩し、キラキラと舞い降りてくる。それを見てミヤコは大きく息を吸うと両手を前に突き出して振り上げた。
「もう一度お願い!……
その言葉で精霊たちが一気に舞い上がり光の柱を作り出す。その規模はハーフラを覆っていたジャングルを覆い尽くすほどで、空高く伸びていく。
甲高い悲鳴と、ジュウウッと焼けるような音がしたと思うと、精霊と一緒に舞い上がった水蒸気が壮大な雨となって地に落ちた。
その香りは爽やかでミントの香りと混じり合う。森林の香りだった。
ハーフラの遺跡付近から悲鳴と、シュウシュウと沸き立つ水蒸気があちらこちらから上がる。それは瘴気に汚された精霊の声と浄化されていく魔性植物の悲鳴。
ミヤコは静かな声で、だが力強く精霊の
アイザックは瞬きをするのも忘れ、その光景を立ちすくんで見ていた。
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