第38話:嵐の前の…
緑の砦に戻るとモンドは大きく息を吸い込んだ。
「……ここは何が起こってこうなったんだ?」
緑の砦はミヤコが植えた植物で箱庭のようになっていた。もともと結界の張ってあった周辺には高さ2メートルを超えるであろうピースリリーが鬱蒼と茂り、白い花があちらこちらにゆらゆらと揺れている。その花粉を精霊たちが運び飛び回る姿は幻想的とも言えて、おとぎ話のようだった。
転移ポイントから道の横に植えられたスネークアローという魔物を思わせるサンスベリアがモンドの背を悠々に超える高さで街路樹のように道を作り、清浄な気を放ち心なしか涼しく感じる。サンスベリアのトンネルをまっすぐ行くうちに体から黒いモノが抜けていき、軽くなるのがわかった。
「瘴気が…浄化されているのか」
誰に言うでもなく、ぼそりと呟いた。店に近づくと、モンドはぎくりとして足を止める。
「クラブドラゴン?」
「アロエベラです。回復薬に役立つ植物なので攻撃しないでくださいね」
最初は一株だったアロエもどんどん株分けされて、店の窓下を建物に沿って占領していた。それぞれ1メートルくらいの高さに育っている。その手前には可憐なカモミールが広範囲にわたって咲き乱れていた。地面にはグランドカバーとして植えたアロマティカスがトレーニング用に使われる中央部分除いて地表を隠していた。
「すごいな…」
「砦の裏には畑も作ったんです。ここで食べる野菜はほとんどここで作られているんですよ」
ミヤコが自慢げに付け加え、モンドをエスコートする。砦の裏に回ると所狭しと瑞々しい野菜が実り、緑に混じって赤や黄色の実が視界に飛び込んでくる。
「君がこれをすべて?」
信じられないといったようにモンドが口元を押さえて目を見開いた。
「まさか。クルトさんと討伐隊のみなさんにも手伝ってもらいました。あと精霊さんの力がなければこんなのムリでしたから、精霊様様ですよ。ほんと」
「ミヤがいなければ、精霊の力も借りれなかったけどね」
クルトが間違えのないよう付け加える。
「精霊の愛し子…」
モンドがミヤコを見つめ、理解したように頷いた。
「ミヤの機転で、ここにある様々な植物は瘴気のひどい町村へ運んでいます。ここへ来て効果を理解した討伐隊員や戦士たちの協力を得て植栽してもらっているのです。モンファルト様も今は戦士ならば、どこかで見かけたのではないですか」
「様はいらん。モンドでいい……確かに幾つかの街であの白い花を見た。あれが瘴気を吸っているのか」
「ピースリリーですね。瘴気を浄化しているんです。精霊さんにも手助けをお願いをしているんですけどね。わたしは転移ポイントを使えないので他の街でどうなっているのかわかりませんが」
モンドの問いにミヤコが答える。
「
「ミヤ。それについては許可しないと言っただろう」
クルトがミヤコの言葉に眉をしかめた。転移ポイントを利用できるのは許可証を持った人間だけでミヤコは魔力もなければ、許可証もないので緑の砦周辺から遠くへは行けない。結界が外れたので東の森へは徒歩でも行ける距離なのだが、クルトがそれを許さないため大抵はクルトの風魔法で移動をしているのだ。そのことをクルトにお願いして、
危険すぎるというのだ。
「ミヤは自分の存在を軽視しすぎだ」
「だけど、わたしにしか出来ないじゃないですか。
「ミヤ!」
「それはどういうことだ?」
モンドの周囲の気温が下がり、睨むようにミヤコを見つめた。殺気を隠しきれず、黒い炎が滲み出ている。
「お前のせいで国民が苦しんでいるのか」
「それはミヤのせいというよりも、聖女のせいではないのか?」
モンドの強い口調にクルトが応戦する。
「
「違います。植物に善悪がないように、精霊に善悪はないんです。わたしだって誰かを苦しめようとして作ったんじゃない。でも」
唸るように問い詰めるモンドを静かに見つめて、ミヤコは庇おうとするクルトを制した。
大丈夫だから、と言うように。
「幼いわたしの愚かな感情でこの地を汚してしまいました。取り返しのつかないことをしてしまったと後悔しています。だからこそ、できる限りの事をして償いたい。そのためにわたしはここに戻ってきたんです」
背筋をピンと伸ばして気丈に言い切るミヤコにクルトは息を飲んだ。
この人はなんて眩しいんだろう、と。
モンドの王者としての風格は、討伐隊員でも怯むほどの威圧感を持つ。生まれ持った指導者としての風格を持ち、聖女襲撃の事件がなければ既に国王だった人物。その威圧感を物ともせずまっすぐ射止めるミヤコの視線は痛いほど眩しい。周囲に精霊たちを纏い、神々しいとさえ感じる。
モンドにもそれが見えるのか、しばし目を細めミヤコを見つめると目を伏せた。
王子が退いた。
「なるほど。……では転移さえできれば
「はい」
「ミヤ、ダメだ」
「ハルクルト。腑抜けたか」
「僕はミヤに命を助けられた。ここに来る討伐隊も戦士たちも、皆ミヤを必要としている」
「ここに来れないものも、救いを求めている」
「それは」
クルトが言い淀むと、ミヤが話に割って入った。
「モンドさん、あなたは信頼に値する人ですか」
「……何が言いたい」
「わたしは真実を知りません。聖女がどうしてこの国の人を助けないのか、王様が何をしているのか知りません。この国がどうして薬草を焼き払い精霊に嫌われたのか知りません。あなたは真実を知っているのですか?真実を知って何をしようとしているのですか?」
ミヤコは息を継いで精霊たちを見渡し、モンドに再度向き直った。
「わたしはクルトさんを信じています。クルトさんはわたしを信じてくれています。だからクルトさんが守りたいと思うものをわたしも守りたい。わたしが守りたいと思うものを守りたい。モンドさんが守りたいと思うものは同じでしょうか」
モンドはクルトを見てそしてミヤコに視線を移した。
「同じだとすれば、お前は手を貸すか」
「お話を伺います。返事はそれからでも?」
「…いいだろう」
*****
「俺の母…カサブランカは殺された。俺が6歳の時だ。その時は病死だと伝えられていたが、毒を盛られた。俺は聖女を疑った。王の寵愛を受けていたのは母であって聖女ではない。聖女は汚すことのできぬ存在だから置物のように宮殿に幽閉された状態だった。だがあの女は正妃と聖女という立場を利用して、我儘を言い続けていた。思い通りにならなければそれが全て悪として取り払われた。そうしなければ結界を解くと国王すら脅し続けていた。
俺の父…国王は気の優しい王で、聖女に強く出れなかったんだ。母を亡き者にし、王の愛を勝ち取ろうとしたのか、権力を欲したのかは知らんが…あれは母の死後、俺を育てると申し出た。まだ年端もいかない王太子などうまく鼻であしらえるとでも思ったのか、俺が王になった暁には自分が女王として君臨しようと活策したのだろう。
だが、俺は裏で母殺しの証拠を探し続けていたんだ。当時は王子であっても所詮子供だったから表立って動けば俺も命はなかった。裏で探りを入れるうち、聖女の住まいとして使っていた神殿で丸薬が見つかった。中毒性のある毒花を濃縮したものだ。調べてみたら、母が死ぬ数年前から聖なる泉のほとりにカソリという毒花を育てていたんだ。カソリは頭痛薬や痛み止めに使われる花で、毒花ではあるが少量であれば薬になったと聞く。だが聖女はその中毒性にも目を留め、少しずつ国王と母に与え続けた。母が俺を身ごもっている間もずっと。
そのうち母がカソリ中毒になった。俺の髪が銀色なのはその毒の名残りで色素が抜け、この瞳も毒を含んだ色合いそのものだ」
「カソリは暁の紅花とも呼ばれる、あなたの瞳の色が…」
モンドが忌々しげにそう告げれば、クルトも書物で見た花を思い出したように付け足した。
「長期にわたるカソリの毒の摂取が原因で母は命を落とした。利点になったのは俺に毒に対する抗体ができたことだ。俺に毒は効かない。俺は密かに聖女に反発する騎士や民衆を見方につけ、証拠を集め断罪する機会を待った。戴冠式は俺が16になる年だったから、その前にカタをつけたかった。俺が15になった時、クーデターを起こし聖女を断罪するつもりだった。残念ながら内部の裏切りがあってそのチャンスを潰し、俺は幽閉された。もっとも、そうなったことで聖女の目論見も奪うことになったがな」
フッとモンドは笑う。
クーデターを起こしたのが王子だとわかれば廃嫡も免れない。国王は一人息子を救うつもりでクーデターと王子を別々の問題として扱ったわけか。
「幽閉なんて大した物でもなかったから、俺はすぐに抜け出して変わり身を置いた。俺の周囲にいた裏切り者は全て陰ながらに排除したさ。時間はかかったが、この10年で聖女は聖女ではないことがわかっている。だが、あの女には後ろ盾がいた。ミラート神に敵対する邪神ルブラート教徒だ。神殿にもルブラート教徒が潜んでいる」
「ルブラート教…」
モンドはミヤコを見て目を細める。
「もしお前が聖女であろうとなかろうと、精霊の愛し子であるならば尚更、あいつらは絶対に潰しに来る。今まで奴らの毒牙にかからなかったのが不思議なくらいだがハルクルト、それはお前の働きか」
ミヤコは驚いて、クルトに振り返った。そんな危険があるなんて感じたこともなかったからだ。
「クルトさん?」
「……僕だけじゃない。精鋭討伐隊とここに来る戦士らもミヤを守っている」
クルトは気まずそうに目を逸らし、ぼそぼそと付け足す。
何てことだ。知らないうちにクルトさん達に迷惑をかけてたなんて。のんびり構えていたのはわたしだけか。どうりで外に出したくなかったわけだ。
「ふん…。何が起こってるかはわかっていたようだな」
「聖女が信用ならないのはわかっていたが、そんな影が背後にあるとはね」
青い顔をして呟くクルトを見て、ミヤコは考える。
ここでもまた、わたしの無自覚な行動でみんなに迷惑をかけてたのね。ルブラート教とミラート神教。宗教戦争には興味ないけど、わたしだけ無関心というわけには行かなそうだ。
ともかく今わたしにできるのは
何となく、精霊たちも首を縦に振ったような気がした。
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