第37話:黒い風のモンド

東の魔の森イーストウッドが消えた?」

「いえ、消えたというより生まれ変わったという言葉の方が正確かと思われますが」

「生まれ変わった?」

「はい。魔性植物が滅消し瘴気が払われました。魔物のいない森ができたと思われます」

「魔物がいない…」

「討伐隊員達の話では聖女もしくは精霊の愛し子が現れたと」

「ふん……面白い」


 男は感慨深そうに頷くと「退がれ」と短く命令し話を切り上げた。


 西獄谷ウエストエンドで簡易的に作った結界の中で、フードを被った黒装束の男が転移魔法を使って姿を消した。




 *****




「あっ!やっぱりあったよ、クルトさん。これがドクダミで、これがよもぎ」

「へえ、これがそうか。先日のドクダミ茶は完全状態異常防御パーフェクト・プロテクション効果があって討伐隊が驚いてた」

「お茶にできるから、きっとポーションにもできるよね」


 クルトとミヤコは約束通りランチの休憩時間を使って東の森に来て薬草を摘んでいた。ミラートの国はあまり季節がはっきりしない為、年中いろんな植物が育つ。寒暖によって甘みを変える野菜や果実は不向きだが、野草や薬草はクルトの店でかなり重宝した。


 ローズマリー、ミント、タイムはもちろんのこと、カモミールやオリーブ、よもぎは回復薬として利用できるので、クルトはこの一ヶ月というものミヤコや君代からかなりの薬草を学び、ポーションの研究に励んだ。今回のドクダミ茶でクルトのポーション類はほぼ完全に揃ったと言える。あとは必要に応じて増やしていけばいいだろう。


 精霊王アルヒレイトが回復してからというもの、精霊達の数も増えたようで森はどんどん回復していき、今では昔ミヤコが日本から持ち込んだ様々な植物も収穫できるほど元気になり、ミラートの気候と土壌にあった植物へと変化していった。20年の間に魔性植物になったり土壌の違いから進化を遂げてミラートにあった薬草になったようだ。


 瘴気を吐く魔性植物が消えて本当に良かった。これから感情のコントロールは気をつけないと。


 森の変化にミヤコは心底安心したが、自分の感情次第で精霊が動くこと、怒りや悲しみが精霊を魔性のものに変えてしまうことを学び、感情的になることは極力避けなければならないと思った。


 よもぎとドクダミの採取はクルトに任せ、ミヤコは金柑の木を見つけたのでその実の採取に夢中になった。柑橘系のフルーツは用途が広く重宝するのだ。日本では抗アレルギーや血液の循環を良くする作用があるが、こちらではどんな作用になるのか楽しみだ。


「金柑の甘露煮にジャム、鶏肉にも合うしお茶にも使えるし。あっ金柑酒もいけるかも」


 ホクホクしながら金柑の実を摘み取るミヤコに一陣の風が吹きつけた。突然の強風に「わっ」と思わず顔を塞ぎ、ミヤコが片手に持っていた籠が煽られて地面に落ちた。



 ほんの一瞬の隙だった。



 人の気配にクルトが気がついて振り返った時、ミヤコは黒い風に巻き込まれて空に舞い上がった。


「ミヤ!?」


 クルトは瞬時に風魔法を使い身体強化をかけ、突風を起こしてミヤコを追う。ミヤコが愛し子だと理解してからというもの、クルトはますます自身の戦闘能力・防御能力に磨きをかけていた。ミヤコの祖父母である精霊王と君代からもミヤコを頼むと言われていたし、そうすることが当然のようにクルト自身もミヤコの騎士として意識し、鍛えてきたのだ。


 国王から送られてくる使役は穏便なものだけではなく、ミヤコを攫おうと画策されてきたのを討伐隊員の助けも得て何度も撃退してきた。

 噂が広まれば広まるほど、不安の種は蒔かれる。


 もちろんその都度、ミヤコにも危険性は伝えてきた。しかしミヤコは恐れて隠れていても問題は収まらないし誰の手助けも出来ない、と言い通しクルトの店に毎日訪れていた。クルトは心配しつつも来るなとは言えず、常に目の届く範囲にミヤコを置くことで守ろうとしていた。


「放してっ!」


 ミヤコが果敢にも自身に絡まれた風を振りほどこうと暴れるが、掴み所がなくジタバタともがくだけだ。クルトが攻撃するにも暴れるミヤコに当たる可能性を恐れなかなか定まらない。


「ミヤッ!」

「クルトさん!」


 ミヤコがパニックになり叫ぶと、森が騒めいたかと思うとブオン、という音とともに赤い光の束が蜂の大群のように一斉に黒い風に体当たりをした。


 風は「ぐっ」とくぐもった声を出したかと思うとミヤコを手放した。その瞬間を逃さずクルトが風結界をミヤコの周りに張り、下降するミヤコを難なく受け止め、地上に着陸する。


「無事か?」

「だ、大丈夫。ありがと」


 そう頷きながらも、赤く怒りに染まった精霊たちを目で追うと、黒い風だと思っていたものはくるくると回転をしながら下降し、精霊たちから逃れようと悪戦苦闘したが耐えきれずに墜落した。黒い風と思ったものは、男のようだった。


 すかさずクルトは剣を抜き、地を蹴ると墜落したものに飛びかかった。


「ま、待て!」


 墜落した男は黒いマントとフードを被りゼイゼイと息を荒げた。


 精霊はまだ怒りを男に向け頭上を飛び回っていたが、クルトの邪魔をしないよう遠巻きにした。クルトは仰向けに倒れこんだ男の胸を足蹴にすると、剣先でフードを取り払った。


 銀の髪。


 光の角度によって変わる金赤色の瞳。


 ミラート神国の王位継承者の特徴的な色だった。



「その髪の色と瞳……モンファルト王子?」

「…チッ。モンドだ」


 モンドと名乗った男は忌々しそうにクルトの突きつけた剣を指先で除けると座り直した。


「手荒な真似をして悪かったな…。噂の真相を知りたかっただけだ」


 ミヤコはぽかんとして成り行きを見守っていたが聞き覚えのある名前にはて、と首を傾げた。


 モンファルト…王子様。どこかで…。


「あっ!変態王子!」

「誰が変態だ!」

「育ての親の聖女を犯そうと…」

「するか!あんな性悪ババア!…っと」

「え…っと?」


 なんだか聞いてた話と違うみたい?


「クソが……今はソロの戦士、モンドだ」


 精霊たちの怒りの赤が薄れて正常に戻ったことから、危険はないと判断しクルトも剣を収めた。


「では、モンドさん。わたしを誘拐しようと目論んだ理由はなんでしょうね」

「……」

「クルトさん、この変態王子退治してもいいで」

「だあっ!くそ。噂を聞いたからだ!本当に聖女かどうか確かめに来た!」


 モンドはふて腐れながらも、クルトは本気でミヤコに従うだろうことを予想して慌てて付け加える。ミヤコはため息をついた。


「確かめに来るついでに人攫いですか」

「……聖女だ愛し子だと騒がれているからな。真相はどうなのかと思って見に来た」

「だったら見るだけにしといて貰いたかったです」

「民を翻弄して希望をもたせて地に落とされてもかなわんからな!これ以上民を苦しめる前に手を打たねばと思ったんだ」


 モンドの発言にクルトもミヤコも目を丸くして首を傾げた。モンドは体裁悪そうにフンと横を向いて眉を寄せていた。


 噂と違って、なんだかまともなんじゃない?この王子様。


 クルトも思うところがあったのか、腕を組んで伺うようにモンドを見つめた。


「全く手が出なかったがな。…それで、女。お前はなんだ?」

「異世界人ですよ。噂の」

「俺が聞いてるのは聖女か愛し子かということだ」

「聖女様ってのは絶対ムリですね。精霊王は私の祖父です。まあ愛されてると言えばそうですけど、定義的に違うんじゃないですか?精霊に好かれていると言えばクルトさんだってそうですし。」

「……おい、お前赤獅子だろう。ハルクルトだったか」

「……はい」


 それまで黙ってミヤコの後ろに立っていたクルトは嫌そうに視線を外し返事をした。


「お前はこの女をよく知っているのだろう。精霊王の親族が異世界人だと?真実はどうなんだ」


 クルトはモンドを見てからミヤを見て、はあ、とため息をついた。


「ひとまず緑の砦に戻って話しませんか。噂はその目で見たほうが早いでしょう」


 話が長くなりそうだったので、結局その日に収集したハーブや薬草、果実を持って緑の砦に帰ってから話すことになった。

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