第6話:家庭菜園とハーブガーデン 2
ハーブガーデンが出来上がったところで腕時計を見るとすでにお昼を過ぎ、時刻は2時近くを指していた。1日では終わらないだろうと見越していたが、この分だと畑の方もある程度形になるかもしれない。そう思ったミヤコは、ひとまず遅い昼ご飯を食べようとキッチンへと向かった。
サンデーマーケットで購入した、フォカッチャに少量のオリーブオイルを刷毛で塗り、その上にドライガーリックとパセリ、パルメサンチーズをパラパラと振りかけオーブンで焼き上げると香ばしい香りがキッチンに充満した。その間に鍋に牛乳を入れ、少量のマスカポーネを落とし、コンソメの素とクリームコーンの缶詰を温まった牛乳に入れれば即席のポタージュが出来上がり、簡単なランチをとる。
夕飯は淳兄さんの家に呼ばれているから、簡単なおやつでも作っておくか。
ミヤコは小麦粉にベーキングパウダーを小さじ1杯掬うと
うんうんと頷くと、ミヤコはパイの粗熱を取るためにワイヤーラックにあげて、片付けをしてから再度庭に出た。
あいにくと西洋かぼちゃは皮が柔らかいためほぼ虫食い状態で全滅だったので、かぼちゃを取り除き、残りはむしり取った。かぼちゃはすぐ育つので、また種から植えればいい。種を取り出したかぼちゃは細かく割ってコンポストに入れれば、来春にはいい土になる。ジャガイモはかなりよく育っていて、掘り返すとゴロゴロと芋が出てきた。しばらく芋料理には困らない量だ。これも種芋を使って新たに植え替えればいいので、全ての芋の根は取り除き、雑草とともに山にした。
長いことほったらかしにしてあったため、野菜はあちらこちらから顔を出している。このままでは収集がつかなくなるであろう畑は、やはり一からやり直すしかない。幾つかのトマトは実を結び収穫も出来たが、きゅうりと玉ねぎはダメだった。花はつけども実は結ばず。おそらく土の養分も足りないのだろう。
ミヤコはふう、と大きく息をつくと畑改革に集中した。全て引っこ抜くのである。
収穫はジャガイモが木箱に二つ分。かぼちゃは全部で6つ、種を取り除けばコンポスト行きのものばかり。
トマトが10個ほど。
後の野菜は実がなっておらず、全て雑草とともにシュレッダーにかける予定だ。シュレッダーにかけた後は、石灰とおが屑を混ぜ、腐葉土とともにコンポストボックスに放置しておけば、後々堆肥として利用できる。
そこまで終わらせると、ミヤコは固くなった腰を伸ばして肩と首を回した。腕時計を見るとすでに5時半を過ぎて日も暮れていた。空はまだ夕日の赤を残し、雲は紫色に染まっている。都会にいた頃は夕日を見ている余裕もなかった。
ふと聡のことを考える。
「また友達の家に転がり込んだのかなあ。怒りに任せて追い出してしまったし、アパートの解約も早々にしてしまったしなぁ」
ふう、とため息をつくと頭をふる。
いや、あれは絶対聡が悪い。
ミヤコは野菜類を土間に運び、南瓜は種を取り除く必要があったので土間のシンクに入れて黙々と片付けを始めた。
7時になって、淳の家にご馳走になりに行ったミヤコは、お土産の昼間に作ったスティックパイと、途中のコンビニで買ったノンアルコールのスパークリングワインを美樹に差し出した。
「あら、わざわざありがとう。気を使わなくても良かったのに」
美樹は「どうぞ」とスリッパを用意して、ニコニコとミヤコを招き入れた。淳はクラブラグビーの練習試合から帰ってきたばかりでシャワーを浴びているらしい。ミヤコが来たことを気がつかず鼻歌をのんきに歌っている。
「あっくん、ミヤちゃんきたから早めにね!」と美樹が風呂場に声をかける。そうしてリビングに戻り、ビールと日本酒を取り出した。
「どっちにする?」
「えー、美樹さん飲めないですよね、今」
「うん、でも私もともと飲まないたちだしね。ウーロン茶で大丈夫だから。あっくんはビールだと思うけど。あ、良かったらウーロンハイ作るけど?」
「ああ、じゃあウーロンハイ貰っちゃおうかな」
美樹は手馴れた様子で焼酎とウーロン茶をかき混ぜ、ミヤコに手渡す。
「今6ヶ月だっけ、赤ちゃん。淳兄さんと美樹さんの子供可愛いだろうなあ」
「女の子だから、あっくんの溺愛ぶりが目に浮かぶよ」
美樹はくすくすと笑う。とろけんばかりの笑顔だ。
ああ、いいなあ。幸せそう。
そんな顔が表に出ていたのだろうか、美樹は眉を下げてミヤコに苦笑した。
「ミヤちゃんは、愛情深いし一途だからね。あっくんと一緒になってたら、二人ともきっとすごい愛し合っちゃってるんだろうなっていつも思う。」
ミヤコはギョッとして美樹を見るが「あっ、でも私も愛してるから、あっくんは渡さないけどね」と美樹は慌てて付け加える。
「はいはい、ごちそうさま!わたしも美樹さんのこと愛してるからお邪魔はしませんよ。赤ちゃんが生まれたら、わたしがつきっきりになって刷込みして、溺愛するから覚悟しておいて」
ミヤコも笑ってそう答えた。
淳が頭をタオルでガシガシと拭きながら、「俺も混ぜろ」とトラックパンツ一枚で風呂場から出てきた。淳の無駄のない筋肉とたくましい腕を見て、聡とは大違いだなと思う。
聡は優男であまり筋肉らしい筋肉は付いていなかったように思う。外で運動をするタイプではなかったので、色白でひょろりとしていた。柔らかい栗色に髪を染めて、少し肩に掛かる長い髪だった。神経質そうな長い指と、草食動物系の優しい目が眼鏡の下から覗いていたっけ。肉付きの薄い唇はよくツンと上を向いて、母性本能をそそる態度を取っていた。だからこそ、甘やかして「しょうがないなあ」と面倒を見てしまったのだろうけれど。
「なんだ、ミヤ。俺のこのセクシーボディに見とれてるのか?」
冗談っぽく淳がいうと、美樹がパチンと腕を叩く。
我に返ったミヤコは、ふっと鼻で笑う。
「わたしの好きなタイプは、スリムで優しげなイケメンなのだよ、淳兄さん。暴言は吐かないでいただきたい」
「うっひどい。一度は嫁になると言ったくせに!」
「あれは幼年の気の迷いじゃ」
ワッハッハと年寄り掛かった話し方をしながら、二人は美樹が作ったカキフライに舌鼓を打った。
「そういえば淳兄さん。昨日、鍵が見つかったのよ」
「鍵?」
ミヤコは昨日起こったことを思い出しながら、日本酒を傾けた。ちょっと辛口の清酒は熱燗にしてもらい、ミヤコはお猪口に口をつける。それを聞いた美樹が首をかしげる。
「鍵って、あれか、開かずの扉の?」
淳がマヨネーズに醤油をたらし七味を軽く振ったソースをたっぷりつけて、するめにかじりつく。
叔父夫婦の家で話したことを美樹に伝えながら、昨夜のことを淳に説明した。あまりにも現実離れしていたことから、信じてもらえないと思うけど、と付け足す。だが、淳はそうか、と言っただけで、熱燗の酒を自分自身にも注いだ。
「そうか…ってそれだけ?信じるの?」
「ん。だって見たんだろ?」
「う…ん、と思うんだけど」
「なんだよ、自分で言って信じてないのか」
「だってさ。考えられないでしょ。開かずの扉から異世界通じてましたとか。しかも食物庫と食堂で、挙句に掃除までしちゃっただなんて」
「まあ、ミヤぐらいなもんだよな。異世界行って掃除して帰ってくるなんてのは」
「普通さ、小説とかだと召喚されて、帰ってこれないんだよ。こっちの世界では死んだことになったりしててさ。うっかり死んじまったいなんて、やだよねえ」
「お前は普通じゃないからなあ」
「ひどい。どーゆーこと?」
ははは、と冗談交じりに話すと、美樹がノンアルコールのスパークリングワインを飲みながら会話に口を挟んだ。
「じゃあ、これからミヤちゃん家に行って、もう一回その扉開けてみようよ。そしたら夢だったのかどうか、わかるでしょ」
ニヤリ。
うん、実はね。気になってたんだけど、怖くて開けられなかったんだよ。
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