第31話

整理の時間が近づいていた。


俺たちには、初回生産された時につけられる管理番号がある。


個人認識番号だ。


それを元に、遺伝子の再生が行われる時にも、融合の際、近親での配合をさけるためにも使用される、大切な番号だ。


そこを間違えるわけにはいかない。


厳格に、その番号順に整理が行われていて、毎日表示されるその番号が、いよいよ俺たちの年代に近づいていた。


一人一人、再会を誓ってカプセルに入る。


そんな約束にどんな意味があるのか分からないけれども、それだけが俺たちの存在する理由だとしたら、有意義といっていいのかもしれない。


一人ずつ、一人ずつ、カプセルに入った人間が消えていく。


あれだけ、にぎやかで騒がしかったスクールの中が、閑散とし始めた。


「ねぇ、みんなは? どこへ行ったの?」


最近、ルーシーはそんなことを周囲に聞いてまわっている。


誰に聞いても、その答えが様々に違うようで、そのことがよけいに彼女を混乱させていた。


「体をきれいにするんだよ、そしたらリフレッシュして、戻ってくる」


「なんで? いつ? いつ戻ってくるの? どうして? どこに連れて行かれてるの?」


イライラする。


そんな当たり前のことを、俺は疑問に思ったことがない。


なんで赤い色を赤と呼び、白を白と言うのかと聞くようなものだ。


「もう帰って来ない! 俺たちは、バラバラになるんだ!」


どうして自分の気持ちが、こんなにも不安定で落ち着かないのか、スクールではずっと自己の感情をコントロールすることを学んでいた。


感情に支配されない、理性的な人間、偏見や差別意識をも持たない、公平で客観的視点。


身勝手と無知、自己保全のために独善的になることなく、常に全体を考える。


それが次の人間の進化のために必要な要素で、俺たちはその可能性を見出すためにここで産まれたんだ。


あぁ、そうか、こうやって自分の気持ちが乱れるのは、乱れるから、俺たちは失敗だったし、整理されるんだ。


だからきっと、今なら乱れてたってかまわない。


「バラバラになるって? もう会えないの?」


「会えない! 二度とだ!」


「どうして!」


彼女の目に、涙が浮かぶ。


そんな顔で見つめられても、俺にだってどうしようもない。


「みんなで、ピクニックに行くって、約束したじゃない!」


ルーシーの大きな声に、みんなの視線が集まっている。


恥ずかしい。


こんな感情的な言い争いなんて、今さら見られたくない。


「あぁ、そうだね、そんなに行きたいのなら、じゃあ今から行けばいいじゃないか」


なんにも出来ないルーシーが、俺をじっと見上げる。


「行こう。そうだよ、今から行けばいいんだ」


俺は、彼女の腕をつかんだ。


こんな光景、どこかで見たことがある。


俺はそう思いながら、彼女の手を強く引いて歩き出した。


「行こう。今から、ピクニックに!」


転生機が立ち並び、中に入るための作業と手続きを手伝っているスクールの人間たちが、みんなこっちを見ている。


俺は彼女の手を引いて、フィールドの外に向かって歩き始めた。


開けっぱなしになっている、広くて大きな出入り口から、廊下に出る。


照明の落とされた薄暗い廊下を、ガンガン突き進む。


異変を察知した警備ロボが、俺たちにすっと近づいた。


「現在、スクールは閉鎖されています。すぐに指示された作業に戻ってください」


「うるさい!」


外に出る道は、目をつぶっていても分かる。


ルーシーの手を引いて歩く俺たちを取り囲むように、警備ロボの数が増えてゆく。


やかましく警告音をかき立て、どれだけサイレンをならしても、俺はもうコイツらに従うつもりはない。


目の前に、最後の扉が現れた。


ここをくぐり抜けたら、もう外だ。


エントランスホールを横切る。


俺は、そこに手を伸ばした。


「外出は禁止されています。すぐに戻ってください」


蜘蛛型の白い機動ロボが、目の前に飛び降りた。


俺は彼女の手を放し、その細い脚につかみかかる。


機動ロボに、かなうわけない。


分かってる。


でも、人間を決して傷つけてはならないという原則は、今の俺にも適用されているはずだ。


両腕でつかんだ2本の脚を、力任せに押してもびくともしない。


取り付けられた複数のカメラが、俺の姿を取りこみ、分析している。


「外出は禁止されています。すぐに戻ってください」


足をふんばり、さらに腕に力をこめる。


全体重をかけて、この機械を動かそうと試みる。


「いいから、どけ!」


食いしばった歯の奥から、血の味がにじむ。


「無駄な抵抗はやめろ」


目の前のロボットから、ヴォウェンの声が聞こえる。


このロボットたちは、全てこのヴォウェンの指示で動いている。


今のこいつらの全ては、彼の意志だ。


「何をしたって無駄だということは、お前が一番よく分かっているだろう」


カメラの角度が変わって、ルーシーの姿を捕らえる。


「彼女を連れて、戻ってこい」


通信が切れた。


あの男は、ルーシーをかわいがっていたんじゃなかったのか?


「イヤだ!」


俺は、機動ロボの下にもぐった。


そこをすり抜ければ、出口はすぐそこだ。


8本あるロボットの脚のうちの1本が、俺の邪魔をして鼻先に落ちる。


それでもそこを通り抜けようとしたとき、その脚が俺を真横に叩きつけた。


すぐに立ち上がろうとした俺を、またピンとはね飛ばす。


叩きつけられた背中の衝撃で、俺は吐くほど咳き込む。


それでもまだ、立ち上がった。


すぐ横にあった何かのオブジェを投げつける。


粉々に砕け散ったそれは、蜘蛛型のロボットには傷一つつけられない。


走り出す。


つかみかかった俺を軽々と持ちあげると、床に振り落とした。


「やめて!」


立ちふさがったルーシーに、ロボットの動きが止まる。


俺はとっさに彼女の手をつかむと、走り出した。


赤い射線が、足元を狙う。


精密に計算されたそれは、俺の足を焼き、転倒した。

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