第11話

カズコも無事に退院し、レオンと二人でスクールに復帰した。


俺は自分の課題に追われ、ルーシーは退屈そうにこの世界の勉強を続けている。


「出来たぞ!」


そんなチームの部屋に、喜々として駆け込んできたのは、ニールだった。


「今度の試合で使う最新のプログラムだ。お前らのキャンビーに入れてやるから、全員こっちに持ってこい!」


ニールは自分のパソコンを立ち上げると、そこにキャンビーをつないだ。


「今度の試合って、なによ」


カズコはめんどくさそうに、ニールを振り返る。


「約束してただろ? 遠足ミッションをクリアしたら、俺につき合うって」


「そんな約束、してたっけ?」


「ハンドリングロボの大会だよ!」


「あぁ」


カズコはそう言って、ため息をついた。


「ねぇニール、あなたはあなたで、ハンドリングロボのサークルに入ってるんだから、そっちで頑張ればいいじゃない。なんで私たちまで巻き込もうとするのよ」


「スクールのチーム対抗戦なんだから、しょうがないだろ!」


「そんなの、適当に参加して、ポイントだけもらえばそれでいいのに」


カズコのそっけない態度にも、ニールはへこたれない。


「な、レオン、お前のも持ってこいよ」


ニールは勝手にカズコのキャンビーを転送装置につないだ。


それでもカズコは何も言わず、無視して自分の課題を進めているのは、ある意味いつものお約束風景。


レオンはニールの隣に立って、嬉しそうに話す彼の説明を、にこにこと聞いていた。


レオンがその説明を、どこまで適切に聞き取っているのかは、分からないけど。


ルーシーが、おずおずと俺の横に立つ。


あぁ、彼女にはきっと、この状況が理解出来ていない。


「これから、ハンドリングロボのカスタマイズをするんだ」


彼女は、転送装置の上に置かれたカズコの子猫型のキャンビーが、チカチカと目を光らせているのを不安げに見ている。


「ヘラルド、お前のもよこせ」


「キャンビー、ニールの指示に従って」


ルーシーと同じ型の俺のキャンビーは、ぴょんぴょんと跳びはねて転送機の上に乗った。


「ハンドリングバイクは知ってるだろ?」


俺はパソコンを操作して、試合のルール説明の画面を出す。


「これから、この練習をみんなでするんだ」


ルーシーは、小さく首をかしげた。


科学技術の発達した現在において、人間の生活に必要な最低限の仕事は、すべて機械が肩代わりしている。


農業、工業に限らず、あらゆる生産活動において、生身の人間が主要な労働力として働くことは、まずない。


もちろん本人が望めば、いくらでも好きに楽しめる。


代わりに、人間に求められるようになった能力が、高い自律能力と倫理観、寛容と協調性だ。


知識という記憶や記録は、いくらでもキャンビーが持っていて、日々更新されていく。


新しい思考回路の発見は、日常での必要性によって産まれるものだ。


一般的な基礎学力は当然として、スクールで学ぶべき最重要項目は、自律・倫理・協調とされている。


そのためのカリキュラムの一つとして組まれているのが、このハンドリングロボを使って行われるチーム戦だ。


今回は1チーム5人、折りたたんで120㎝四方に収まる、搭乗型ロボットでのトーナメント戦になっている。


ロボットの形状や仕様に制限はなく、自由な設計とプログラミングが行われる。


フィールド内には1つだけ試合球が置かれていて、それを常に浮遊し移動する直径30㎝のゴールエリアに、接触させればいい。


ゴールエリアの移動ルートは決まっていて、使用する試合球は、誰かがそれをつかんだ瞬間から、30秒後には爆発し消滅する。


クラッシュボールと呼ばれるそのボールの特徴から、競技の名前もそのままクラッシュボールと名付けられた。


無制限に再出現するそのボールを、より多くエリアにぶつけた方が勝ちだ。


「これが今回のルートだ」


ニールは、120m×90mのフィールドに浮かぶ、ゴールラインを画面に映し出した。


8の字状にループするゴールは、試合時間の15分間に、2周することになっている。


「カズコはいつものやつだよね?」


「それしか使わないわよ」


「だろうと思って、新しいコントロールプログラムを作ったんだ。ちょっとそれでシュミレーションしておいて」


ニールの言葉に、カズコはしぶしぶ自分のキャンビーを受け取った。


この大会は、体育の授業に加点されるから、まぁ、出ても損はない。


「ヘラルドはディフェンダーね、作戦のオペレーションは俺がやるから。お前なら俺たちの次の行動が、大体読めるだろ?」


ニールはいつも、作戦のプログラムを担当する。


それに従って、レオンは新しいロボを作ったり、補助したりする役目だ。


レオンとニールの息の合った連携プレーは、後ろで見ている俺ですら、ほれぼれするような絶妙な動きをする。


「あれ、ルーシーの機体は?」


「ルーシー用の搭乗機は、これから考える」


ニールが苦笑いを浮かべる。


新しく来たルーシーは、この試合の仕組みが、分かっているんだろうか?


「チームでの参加が条件だからな、久しぶりに5人揃ったんだ。俺は絶対に出場したいんだよ」


同じスクール内の人間同士、チームの入れ替えは時折起こる。


ジャンの移動前に、ここにいた人間も、別の所へ移ってしまった。


ニールはルーシーの胸に抱えられたキャンビーの頭を、わしづかみにする。


「お前用にプログラムを作ってみたんだ。今から入れるから、それで試乗してみてくれ」


一瞬、彼女の腕が強く締まって、ニールに取り上げられそうなキャンビーを守った。


だけど、ニールの強固な視線に、彼女は腕を緩め、キャンビーは誘拐されていく。


転送機に乗せられたルーシーのキャンビーは、誰かに助けを求めるかのように、目をチカチカさせた。


不安そうに腕をつかんできたルーシーに、俺は微笑む。


「大丈夫、これから君も一緒に、練習に参加するんだよ」


もう一度、ハンドリングロボの大会動画を彼女に見せる。


「ルーシー、みんな、一緒に、これを、する」


ルーシーのキャンビーに、プログラムの転送が終了した合図がなった。


「よし、競技場に行って練習だ!」


俺たちは、スクール最上階の競技場へと向かった。

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